第34話 向こうの幼馴染み(//武部side)

 喫茶店のトイレに行った。そこまでは、覚えている。トイレの中で色々と考え、そして、その中から出た事も。僕の頭が正しければ、その記憶で「間違いない」と思った。僕はまた、あの世界に迷いこんだ。自分の住んでいる町と同じ、並和町に。何かのきっかけで、迷いこんでしまったのである。

 

 僕は自分の周りを見わたしながらも、不安な目で公園の中を見わたした。公園の中には人、老若男女様々な人が見られる。砂場の上で遊んでいる子ども達や、ベンチに座ってお喋りを楽しむ老夫婦まで。無表情で公園の中を走るランナーは居たが、それ以外は至って普通の光景だった。僕はランナーの背中を見て、目の前の風景にまた視線を戻した。「一体」

 

 何なんだよ? ただでさえ、面倒な事件が多いのに。気持ちの中にあった油断が、こんな問題を起こしてしまった。僕はベンチの上に座って、この状況に頭を使おうとしたが……。僕の近くに居た男子、それもかなりのイケメンに「あれ?」と話しかけられてしまった。


 僕はその声に驚いて、相手の顔に視線を移した。どこかで見たような顔。彼は僕の登場が信じられないのか、変な顔でこちらの様子を窺っていた。

 

 僕は、その態度を訝しんだ。この驚き方は、変。いや、「妙」と言った方が良いだろう。普通ならもっと落ちついている筈なのに。彼が見せているそれは、天地が引っ繰り返ったような驚きだった。僕はそんな態度が怪しくて、彼に思わず話しかけてしまった。


「どうしたの?」


「え? あ、いや、その……。お前」


「なに?」


「いつの間に現れたんだ?」


 そう聞かれて、戸惑った。僕は自分でも分からない質問に対して、ただ「分からない」と答えるしかなかった。「気づいたら、ここに居て。だから」


 ごめん。そう言いかけた瞬間に「しまった!」と思った。それでは、おかしい。僕が(言葉は悪いが)変な奴になってしまう。「自分の行動理由が分からない」とか言ったら、そいつは間違いなくヤバイ奴だった。


 僕は自分の発言を悔いて、彼に尤もらしい嘘をついた。「ぼ、僕、ここら辺に引っ越したばかりで。暇つぶしに歩いていたら、その……」


 。そう言えば、怪しまれない。その場しのぎの嘘でしかないが、彼に事の真実を話すよりは、「ずっと真面な答え」だと思った。「見知らぬ世界に迷いこんだ」と言えば、何かの精神異常と見られてしまう。そうなれば、「色々と厄介になる」と思った。


 僕は作り笑いを浮かべて、彼の前から立ち去ろうとした。が、何かが不味かったのだろう。僕としては、普通の反応だったが。相手には、それが不自然に見えたらしかった。僕の腕を掴む、彼。彼は僕の目をしばらく睨んで、それから腕を放した。「嘘をつくな」


 その言葉に押しだまった。彼に自分の嘘を見破られた事も含めて、それに思わず怯んだからである。僕は例の作り笑いを浮かべて、その眼光を和らげようとした。


「嘘なんかついていないよ? 現に僕は」


「タイミングがおかしい」


「え?」


「それに突然すぎる。お前が公園に入ってくるところを見ていない。それにアイツが消えたところも。周りの目から逃れて、二人の人間が」


「そう言う事もあるよ!」


 相手は、その言葉に目を細めた。これはもう、明らかに信じていない。言葉の途中で切った事が、その疑問を余計に抱かせたようだ。僕がそれに言い訳を添えても、その内容すら聞いて貰えない。彼は自分のスマホを出して、僕の知らない誰かに電話を掛けた。


 が、繋がらないらしい。電話の呼び出し音は鳴っているようだが、肝心の相手がそれに出ないようだった。その事実に顔を曇らせる、彼。僕も彼の表情に釣られて、その違和感を覚えてしまった。そう言えば、お前にも同じ……。


 いやいや、考えすぎだろう。毎日のイベントに疲れて、また幻覚を見ているに違いない。そうでなければ、こんな事などありえなかった。自分の知らない世界に飛ばされる筈がない。


 僕はそう考えたが、現実はそれを許せないようだった。彼はスマホの画面を消すと、悔しげな顔で地面の上に目を落とした。「あの時と同じだ、アイツに電話が通じなくなった時と」


 僕は、その言葉に息を飲んだ。彼も同じだ。彼も同じ、僕と同じ現象に遭っている。違う世界から飛ばされた、異界の漂流者だった。「そうと分かれば」


 やる事は一つ。この世界から無事に抜けだす事だ。何らかの方法を使って、元の世界に戻る事である。僕は自分の考えをまとめて、彼にそれを話そうとしたが……。彼に「それ」を遮られてしまった。僕の目をじっと見る、彼。彼は僕の目をしばらく見たが、やがて自分の顎を摘まみはじめた。


「名前は?」


「え?」


「お前の名前。怪しい奴に会った時は、その名前を(一応は)聞くだろう? 相手の情報を得るために」


「そ、そうかも知れないけど。だったら!」


 僕は、相手の目を睨んだ。そうする事で、相手に自分の意思を見せるように。「僕にも、同じ事が言えるじゃない? 怪しい奴に会った時は」


 相手は、その威嚇に眉を寄せた。今の言葉に「ムッ」として、僕の目を睨みかえしたのである。相手は自分の頬を掻いて、僕の目から視線を逸らした。「大上だ。大上……まあ、下の名前は良いだろう。下の名前は、知られてくないし。お前の名前は?」

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