第33話 居なくなった自分(川崎side)

 最悪の状態で終わった定期テストだが、まあいい。テストの結果も良かったし(赤点回避だぜ☆)、大上君ともデートに行ける。早見君には、「良かったねww」と言われたけれど。それに角川さんが「本当に」と笑ってくれたお陰で、その闇を感じずに済んだ。


 私はテスト終わりの開放感に浸って、友達とのカラオケはもちろん、大上君とのデートにも胸を躍らせた。「ああ、メッチャ最高! 自由ってやっぱ、最高だわ!」

 

 あまりの嬉しさに口調が崩れる、私。ああ、もう幸せなんじゃ。「机の上に向かわなくても良い」と言うだけで、口元が緩んでしまう。正直、今にも踊り出しそうだった。私は胸の興奮を抱いたままで、デートの当日を迎えた。


 デートの当日は、快晴だった。昨日も腫れていたけれど、今日はそれ以上に晴れている。公園の噴水に当たる光も、昨日以上に輝いていた。私は約束の時間に合わせて、待ち合わせの場所に行った。

 

 待ち合わせの場所には、大上君の姿があった。大上君は私の到着に気づくと、私に向かって「おはよう」と微笑んだ。「朝から元気だな」

 

 私は、その声にうなずいた。うなずいたが、それと同時に頭痛を覚えた。頭の中が不意に冷たくなるような頭痛を覚えてしまったのである。私は突然の頭痛に驚いたが、大上君とのデートが気になって、その頭痛をすぐに隠してしまった。「ひどい! ずっと楽しみにしていたのに!」


 大上君は、それを笑った。私としては自分の気持ちを表しただけだったが、彼には「それ」が「面白い」と思えたらしい。私が彼に「うううっ」と唸ってもなお、その笑みを消そうとしなかった。大上君はしばらく笑って、私の手を握った。そうする事で、私が怒りを忘れるように。「行くぞ」

 

 それに「うん」とうなずいた。思わぬ不意打ちである。私は今までの怒りを忘れて、彼の手に「分かった」と従った。「もう、意地悪しないでね?」

 

 その返事がいい加減だったのは、私だけの秘密にしておこう。彼は私の手を握り、私の行きたい場所、私の食べたい物、私が楽しい時間を探しつづけた。「うん、悪くない。落ちついた服も似合うが、そう言う服も似合っているな。ちょっと大人に見える」

 

 私は、その感想に「ドキッ」とした。ちょっと大人っぽい服。スカートの丈は長いが、それ以外の部分が短い。いつもは見えない部分が、微妙に見えている。男子の視点では嬉しい服だろうが、女子の視点では恥ずかしい服だった。それをこんな風に褒めてくれるなんて。期待よりも不安の方が大きかった私には、それが何かの救いのように感じられた。

 

 私は彼の賞賛に酔いしれた上で、この素晴らしい時間を過ごしつづけた。が、あれ? どうしたのだろう? あの頭痛がまた、襲ってきた。彼と一緒に店の中から出た時、あの感覚がふと襲ってきた。自分の体が何かに揺さ振られるような、そんな感覚がまた襲ってきたのである。私は大上君に自分の体調を話して、彼と一緒に休めそうな場所を探した。「ごめんね?」

 

 大上君は、その声に目を細めた。私の事を責めたわけではない。「どうして、言ってくれなかったのか?」と言う不安を抱いただけだった。彼はベンチの上に座らせると、私の目の前に立って、そこから私の体調を窺った。


「どうだ?」


「微妙。さっきも、ヤバかったけど。今は、もっとヤバイ。目の前がぐるぐる回っている」


 大上君は、その返事に溜め息をついた。私の行動に呆れた事もあったが、それ以上に「頑張りすぎた」と笑ってしまったらしい。彼は私の背中を何度か摩って、その隣にゆっくりと腰かけた。「無理しちゃ、疲れる。せっかくのデートは、楽しまないと。お前の体調が悪いなら、俺もお前の傍に居る。だから」


 安心しろ。そう言われた時は心からホッとしたが、彼との沈黙を楽しむ中で、その恐ろしい異変は起こった。どんどん痛くなる頭痛、さらに回りだす視界、ますます離れる意識。それ等が一気に押しよせて、私の精神を蝕んだのである。私は大上君の声に抱きついたが、その意識をすっかり手放してしまった。


 意識が戻ったのは、夕方。それも、私の知らない夕方だった。どこか見覚えがある喫茶店の前で立ちつくす、私。私は「混乱」と「動揺」に押しつぶされる中で、自分の周りをゆっくりと見わたした。「ここは」


 どこだろう? あの公園ではないし、私の知る喫茶店ではない。すべてが、見知らぬ土地でできている。看板の文字や、道路の標識などは同じらしいが。私の耳に入ってくる会話は、どれも聞いた事がない物だった。


 私はそんな現実に呆然として、目の前の町並みをしばらく見ていたが……。自分の背後から聞こえてきた声に「ハッ!」と驚いてしまった。


 私は目の前の問題を忘れて、自分の後ろを振りかえった。私の後ろには一人、ウエイトレス姿の少女が立っている。彼女は誰かを捜していたのか、私が自分に振り向くまで、自分が捜している人の名前をずっと呼んでいた。私はその名前に「ハッ」として、彼女の手を握った。「武部君って、?」

 

 少女は、その質問に驚いた。見ず知らずの人からそんな事を聞かれれば、誰だって「はい?」と驚くだろう。私が彼女に事情を話した時ですら、その話に「は、はぁ」と戸惑っていた。少女は私の話に首を傾げたが、やがて何かを思いだしたように「そ、それじゃ!」と驚いた。


「一緒に捜してくれませんか? 彼、急に居なくなったんです。私が彼のテーブルから離れた隙に。店の会計も済ませないで、どこかにふっと」


 私は、その話に目を見開いた。その話が仮に本当だとすれば、一つの可能性が出てくるからである。私は彼女の手をまた握って、その願いに「分かりました」とうなずいた。「それはきっと、私を捜す事にもなるので」

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