第2章 交じり始めるラブコメ

第31話 大嫌いなテスト(川崎side)

 あの地獄から数日後。私の世界は変わらず、その青春も変わらない。好きな人と好きな時間を過ごし、変な仲間と変な時間を過ごす。普通の青春がただ、黙々と続いているだけだった。私は周りの空気に従って、みんなが笑った時には笑い、泣いた時には泣き、はしゃいだ時にははしゃいだが……。


 ううっ、そこに悪夢が一つ。厳密にはイベントだが、嫌なイベントが起こった。一部の人にしか好かれない、学校の定期テスト。それが一週間後に迫ったのである。私はみんなの笑顔に混じって、この最低イベントにうなだれた。「勉強、嫌い」

 

 学校の偏差値は平均くらいだったが、それでも嫌いな事に変わりはなかった。「テスト」と言う物が無ければ、この学校生活も素晴らしい物になる筈なのに。クラスでも頭が良い人達英語の単語帳をめくりはじめると、それに「ヤバイ」と焦ってしまった。


 私は少ない小遣いを使って、試験勉強に要りそうな文房具を揃え、普段はほとんど開かない教科書の頁を開いて、ノートの頁にそれ等を書きはじめた。「指数計算、ボイル・シャルルの法則、更級日記、運動量保存の法則、間接代名詞、メンデルの法則、大陸移動説……」

 

 あぁああああ、もう嫌! どうして、こんなに覚えなきゃならないの? こんなのを学んだって、何の役にも立たないのに。私は綺麗な教科書の、綺麗な太文字を読んで、言いようのない不快感を覚えた。何も知らないのはヤバイが、それでも覚えられない。


 人間の人生で必要なのは、大好きな人と程よい人生を送る事である。それを叶えるための勉強は、一般常識を知れるだけで良い。私は日本教育の不満を吐いて、椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 そんな時に救いの一報。大上君からの連絡は、本当に「神様だ」と思った。私は彼に試験の不満をぶつけた上で、相手の進み具合を聞いた。「順調?」

 

 その答えは、「順調」だった。大上君は「運動」も「勉強」も真面目に取り組むタイプなので、学校の授業はもちろん、日々の自主勉強にも手を抜かない人間だった。授業で習った内容は、その日にお復習いするのはもちろん、それとは別に試験用のルーズリーフを作っていた。


 正に文武両道、できる男子。そんな男子と付き合っている自分が「月とスッポンやんけ!」と思ってしまうが、彼が「それ」を責める事はないので、正に天使のような人だった。私は彼の凄さにひれ伏した上で、彼に「勉強、疲れた」と愚痴った。「どっか、遊びに行きたいよぉ」


 大上君は、その言葉に吹き出した。私の愚痴をいつも聞いている大上君だが、こう言う愚痴には思わず笑ってしまうらしい。私がそれに怒っても、反省の態度すら見せなかった。大上君は私の愚痴をしばらく聞いたが、やがて私に「それじゃ」と話しはじめた。「試験が終わったら、遊びに行こう。次も、お前の好きなところに」


 私は、その言葉に立ちあがった。正に「歓喜した」と言って良い。今までの不満が消えて、無限の高揚感を覚えてしまった。私は興奮覚めぬ思いで、大上君の厚意に「絶対だよ?」と言った。「?」

 

 大上君はまた、私の言葉に「分かった」と笑った。まるでそう、私の興奮を宥めるように。「俺も勉強に飽きてきたからな? 何かのご褒美が無いと頑張れない。お前とのデートは、勉強へのご褒美だ。ご褒美の為なら面倒な勉強も頑張れる」


 だから、自分も頑張ろう。大上君の言葉を聞いて、私もそう思った。この試練を乗りこえれば、楽しいデートが待っている。最近は二人であまり遊んでいなかったから、この誘いは本当に「最高だ」と思えた。私は大上君とのやりとりを終えて、やりたくない試験の勉強に戻った。


 試験の勉強は、捗った。大上君とのデートが聞いて、その眠気をすっかり忘れてしまった。数学の問題を解いている時も、それにつまらなさを感じない。回答の過程で間違いがあっても、それに「ああ、なるほど」と思えた。私は退屈な勉強と、賑やかな学校生活を経て、厳かな学校の試験に挑んだ。


 学校の試験は、難しかった。暗記系の科目はどうにかなったが、それ以外の科目が厳しい。あれだけ頑張った数学の問題も、最初の基本問題以外は、ほとんどできなかった。私は前の人に答案用紙を回すと、「これは、ダメだ」と思って、机の上に突っ伏した。「赤点確実、デートお預け。ああもう、嫌だぁああ」


 前の友達は、その嘆きに吹き出した。それを見ていた早見君達も、私に「どんまい」と笑いかけた。彼等は自分の結果はどうであれ、私の現実に「まあ、何とかなるっしょ?」と笑いつづけた。「ともちゃん、すげぇ頑張ったからな。高得点とかは難しいけど、赤点にはならねぇんじゃないの?」


 角川さんや黒岩さんも、それに「うんうん」とうなずいた。二人は(私の知る限り)私よりもできる女子なので、今回の試験も特に怖がっていなかった。「毎日、やっていれば大丈夫。そんなに怯える事はないよ。『ダメだ』と思った時は大抵、できているから」


 そう微笑む角川さんに黒岩さんも「そうそう」とうなずいた。黒岩さんはリア充の余裕があるのか、得意げな顔で私の肩を叩きつづけた。「大丈夫、骨は拾ってあげる。私は、蓮様と極楽浄土(おそらくは、デートの事だろう)に行くから。安心しなさい」


 まったく安心できない。ただ、不満と不安を抱いただけだ。こんな慰め(と言う名の煽り)を聞いても、それで「ホッ」とするわけがない。私は憂鬱な気持ちで、教室の天井を仰いだ。「テストなんて、大嫌いだぁあああ!」

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