第30話 救うべき人(武部side)

 犯人捜しは、進まなかった。「事件が起こった」とされる場所を絞っても、そこから有力な情報が得られない。あらゆる人達から「知らない」、「分からない」と言われてしまった。


 僕はその情報に肩を落として、いたのだろうか? 

 

 菊川さんや文美のようにガッカリしていたのだろうか? 


 屋上の壁に寄りかかって、その事実に溜め息をついていたのだろうか? 


 僕は自分の事でありながら、どこか他人事のような感覚を覚えた。だから、「ねぇ?」と呟く声にも覇気が感じられなかった。僕は憂鬱な表情の二人に対して、「少し落ちつかない?」と言った。


「二人の気持ちも分かるけど、これだけ調べても分からないなら。犯人はきっと、相当に用心深い。僕だけならまだしも、『二人が調査に動いている』となれば。自分の気配を隠す、二人から見つからないように。学校のどこかにきっと、身を隠す筈だ。事件の興奮が覚めるまでね? 『僕達が犯人捜しを諦めた』となれば、相手もきっと」

 

 二人は、意見の続きを遮った。ここまで言えば、二人も流石に分かったのだろう。優等生の文美はもちろんだが、陽キャ全開の菊川さんも「なるほどね!」とうなずいていた。「相手が油断したところを一気に攻めれば、良いんだ。あぁし等がわざわざ捜さなくても」

 

 。この手の犯人は、(「今が安全」と分かれば)同じような犯罪をまた繰りかえす筈だ。僕の考える限り、そう考えるのが自然な筈である。二人はそんな思考を読みとって、僕の意見に「様子を見よう」と微笑んだ。「それがたぶん、『一番良い』と思うからね? 犯人に隙があれば、そこを突く事ができる。あぁし等はただ、それが出るまで待てば良いんだ」

 

 文美も、その意見にうなずいた。文美は菊川さんの顔をしばらく見たが、その口元から笑みを消すと、僕の前に歩みよって、僕の唇にそっとキスした。横目で菊川さんの顔を見ながら、それに闘志を乗せるように。「それなら共同戦線は、終わり。?」


 菊川さんは、その言葉に目を見開いた。今の流れから考えれば、これは本当に不意打ちすぎる。正直、キスされた僕が一番に驚いた。菊川さんは文美の顔をしばらく睨んでいたが、僕の腕を急に掴むと、真剣な顔で僕の唇を奪った。文美と同じ表情、文美よりも速い動きで。「これでアンタのキスは、無効。

 

 文美は、その言葉にほくそえんだ。まるでそう、菊川さんの事を見くだすかのように。


「私達は、子どもだよ?」


「でも、ガキじゃないじゃん? キスでムキになるのは、小学生のする事だよ?」


 二人は、互いの目を睨み合った。その眼光から火花を散らすように。


「負けない」


「こっちも。あぁしは、元カノの特権があるからね? 元カノと寄りを戻すのは、普通の事じゃん? 横恋慕の彼女と付き合うよりも」


「横恋慕なのは、そっちじゃない?」


 僕は、二人の会話に胃が痛くなった。こんなに殺伐とした会話は、聞きたくない。それがたとえ、僕の事だとしても。この場所から「さっさと逃げだしたい」と思った。僕は二人の会話を遮って、二人に「教室に戻ろう」と言った。「昼休みも、そろそろ終わるし。話し合いが終わったのなら」


 とっとと帰りましょう。屋上の扉をたまたま開けた男子生徒も、この光景に怯えていたし。ここは、「素直に帰るしかない」と思った。僕は二人の少女を引き連れて、自分の教室に戻った。


 僕の教室にはいつも通り、インドア派の生徒達が集まっている。ゲームが好きな人達は対戦ゲームを楽しみ、一人が好きな人は漫画や小説を読み、周りと話したくない人は好きな音楽を聴いていた。僕は自分の席に戻り、菊川さんも自分の席に座った。「はぁ、疲れる」

 

 犯人捜しだけでも疲れたのに。泥々の三角関係に戻るなんて。「贅沢」とか「ワガママ」とか関係なしに疲れてしまった。僕は机の上に突っ伏して、自分の精神を「休ませよう」と思った。


 が、おかしい。精神が癒やされた感覚はあるが、恐らくは夢を見ているのだろう。自分の身体が小さくなっていたし、学校の雰囲気も変わっていた。「小学校の校舎」


 それも、夕暮れの。学校のチャイムが鳴って、生徒達に下校の時刻を伝える時間だった。僕は誰も居ない教室の中で、窓の外をじっと眺めていた。「懐かしい」


 そう思えるような景色、少年の感情を揺さ振る風景。過去と現在を繋ぐ、記憶の動画再生だ。自分の力で巻き戻す事ができない、ただ一つの再生機。再生機の中には、過去の匂いすら混じっている。僕は教室の匂いに負けて、それに不思議な憧憬を覚えた。「ああ、僕は」


 相当に疲れているんだな。過去の記憶に逃げてしまうくらいに。心も、体も、疲れているようである。僕は自分の弱さに苦笑したが、教室の外から聞こえてくる足音にふと気づくと、それが聞こえる方に目をやって、足音の主に眉を寄せた。足音の主は、女の子だった。僕と同い年くらいの少女、伸びた黒髪と澄んだ瞳が特徴の小学生だった。


 僕は彼女の前に歩みよって、彼女に「どうしたの?」と訊いた。名前も知らない少女だったが、彼女が今にも泣きそうだったので、思わず「どうしたの?」と訊いてしまったのである。


 僕は彼女の気持ちを宥めて、その口から名前を「訊こう」としたが……。彼女に「それ」を遮られてしまった。寂しげな目で僕を見る、彼女。彼女は僕の腕にしがみついて、その小さな体を震わせた。「お願い、助けて! もう、嫌!」

 

 僕は、その声に目を見開いた。言葉の意味もそうだが、その意図も分からない。彼女の頭をただ、見つめる事しかできなかった。僕は彼女が泣きさけぶ中で、彼女の体をそっと抱きつづけた。「」と。

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