第24話 競歩大会なんて大嫌い!(川崎side)

 残酷なまでの快晴。空には雲一つ無く、この頬にも微風が当たる。競歩大会を楽しむには、絶好のお天気だった。私は、その天気にうなだれた。自分の隣にたとえ、好きな人が居たとしても。この残酷な現実に「ううん」とうなだれてしまった。私は見えない神様を呪って、自分の頭上に「神様のバカヤロウ!」と叫んだ。「アンタは、鬼か!」

 

 大上君は、その叫びに苦笑した。それを聞いていた周りの生徒達も、その叫びに「まあまあ」と呆れた。彼等は競歩の波に飲まれても、しばらくは私の事を「可哀想に」に笑っていた。私は、その反応に苛立った。馬鹿にされたわけではなくても、それを笑われた事に怒ってしまった。


 私は大上君の声を受ける横で、競歩大会のルートを歩きつづけた。競歩大会のルートは、平坦だった。何かの障害物も無ければ、面倒な通過ポイントも無い。ただルートの脇を流れる川と、その端と端とを繋ぐ鉄橋があるだけだった。


 私は河川敷の上を歩く中で、その遠くに見える鉄橋を眺めた。鉄橋の上には、何人かの生徒が歩いている。おそらくは運動部の面々と思われる生徒達が、競歩よりも競争に近い足取りで歩いていた。

 

 私は、その光景に溜め息をついた。彼等の事が羨ましいわけではないが、それでも「良いな」と思ってしまう。あんな速さで歩ける事に「自分も運動ができたらな」と思ってしまった。私は大上君に自分の手を握られてもなお、憂鬱な顔で鉄橋の上を歩きつづけた。「足が速かったら、すぐに終わるのに」

 

 大上君はまた、私の愚痴に苦笑した。今度は、ある種の慈愛を込めて。


「それじゃ、つまらないな」


「え?」


「すぐに終わるのは、つまらない。俺は……できるなら、お前との時間を」


 楽しみたい。それも、できるだけ長く。だから、私の鈍足が「ありがたい」と言ってくれた。大上君は私の歩調に合わせて、その隣を歩きつづけた。私も彼の隣を歩きつづけたが、鉄橋の上まで行った時には疲労困憊。


 周りの人には笑顔で誤魔化したが、自分の足がどうしても震えてしまった。私は隣の大上君に謝って、彼に「ちょっとゆっくり」と頼んだ。「足がそろそろ限界です」

 

 大上君は、その願いにうなずいた。本当ならマラソンで終われる彼だったが、私の身を案じて、その願いを聞き入れてくれたらしい。周りの目が少し気になったものの、私に自分の肩を貸して、鉄橋の上をゆっくりと進んでくれた。


 彼は鉄橋の上を渡りきってもなお、私に自分の肩を貸しつづけた。「俺の事は、気にしなくて良い。俺は最後まで、お前に付き合う」


 キュンとなった。そんな不意打ちを食らわすなんて、馬鹿な私にはまったく分からなかった。胸の奥が熱くなる。それに釣られて、顔の頬も熱くなった。私は天の日差しを受ける中で、その言いようのない興奮に戸惑いつづけた。「ずるい」


 そしてもう一度、彼に「ずるい!」と叫んだ。「そう言うのは、ずるよ? 私の気持ちを分かっているくせに!」


 大上君は、その声に微笑んだ。周りの人達もそうだが、私の反応にニヤニヤしているらしい。普段は私と話さないクラスメイト達ですら、私に「お熱いねぇ」とじゃれてきた。大上君はそんな声を制して、私の隣をなおも歩きつづけた。「ぐずぐずしていないで、行くぞ? あの鉄橋を過ぎれば、あとはまっすぐに進むだけなんだから」


 私は、その助言に「う、うん」とうなずいた。確かにそう、だけど。こんな空気になった中では、その意識がどうしても挫けそうだった。私は自分の作った空気に負けて、その果てしない一本道を歩きつづけた。


 一本道は、それから一時間後に終わった。周りの冷ややか視線にうつむいてしまったものの、大上君の励ましを受けて、そのゴールに何とか着いたのである。私はゴールの向こう側に付くと、早見君や角川さんのところに行って、二人に「ようやく終わった」と喜んだ。「こんな地獄はもう、嫌だよぉおおお」


 二人は、その声に吹き出した。特に早見君は(とても面白いのか)、お腹を抱えて笑っている。私がそれに「もう、止めてよぉ!」と叫んでも、その叫びに「わるぃ、わりぃ」と言うだけで、反省らしい反省はまったく見せなかった。


 早見君は私の肩を何度か叩くと、今度は大上君の顔に目をやって、彼に「護衛、お疲れさん」と笑った。「お姫様の護衛はやっぱり、ナイトの役目だよな?」


 大上君は、その言葉に「ムスッ」とした。相手が冗談で言っているのは分かるが、それでも嫌な気持ちらしい。早見君が自分を茶化す前で、彼に「うるさい」と怒っていた。大上君は早見君の手を払って、私の前に戻った。「少し休んだら、帰るぞ? 今日は、部活も休みだからな。帰りにどこか」

 

 寄ろう。それにうなずいたのは良かったが、疲れた身体でバッティングセンターに行くのは「鬼か?」と思った。大上君は打席の上に私を立たせて、私に「最初は、八十キロからな?」と言った。「あれくらいの競歩で、疲れちゃヤバイ。お前には、体力の強化が必要だ」


 そう言われて、「はい」とうなずけるわけがない。私は彼の考えに異論を唱えようとしたが、彼に安全用のヘルメットを被せられた上、「すぐに飛んでくるぞ」と言われたので、その機会をすっかり奪われてしまった。


 絶望の気持ちで、貸し出し用のバットを握る私。私は自分の不幸と、競歩大会の疲れと、大上君のドSぶり(これにはちょっと、ときめいた)に「ふざけるなぁあああ!」と叫んだ。「競歩大会なんて大嫌い!」

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