第23話 共同戦線(武部side)
思わぬ親友宣言には驚いたが、一方で「心強い」と思った。「互いの根っこは、正反対」とは言っても、この二人が強い人間である事に変わりはない。「静」と「動」の頂点が、その力を合わせるだけだ。
その二つが合わさる以上は、どんな敵にも勝てるだろう。二人は「呉越同舟」と言う程でもないが、「一時休戦」の同盟を結んでしまった。「親友の誓いは、どうでも良いとして。問題は、犯人捜しね。誰がその文字を書いたのか? これをまず調べないと?」
そう呟く文美に菊川さんも「うん」とうなずいた。菊川さんは「事件の被害者」として、犯人の心当たりを考えはじめた。「あぁし達の関係を嫌がっている人は」
今のところ、文美しかない。僕や菊川さんが知る限りでは、文美しかそれを嫌っていなかった。文美が「アレ」を「書いてない」となれば、文美以外の人がアレを書いた事になる。そうなると、かなり厄介だった。
文美以外の人があれを書いたとなれば、文美や菊川さん以外にも僕を好きな人間が……。「『居る』って事になるね? 少なくとも、この学校に。教室の黒板にあれを書いたのは、そう言う気持ちがある人だ」
菊川さんは、自分の推理に唸った。文美の教室から場所を変えても、その推理には思わず唸ってしまったらしい。誰も居ない屋上前の通路で、一人不安げに「ううん」と唸っていた。彼女は近くの壁に寄りかかって、自分の顎をそっと摘まんだ。
菊川さんは、自分の推理に唸った。文美の教室から場所を変えても、その推理には思わず唸ってしまったらしい。誰も居ない屋上前の通路で、一人不安げに「ううん」と唸っていた。彼女は近くの壁に寄りかかって、自分の顎をそっと摘まんだ。「本当に最悪。ただでさえ、うるさい蠅が居るのに。そこにまた、新しい人が加わるなんて」
冗談ではない。それは文美も同じようだが、菊川さんの「蠅」がどうも気になったようで、彼女がそれを忘れても、しばらくは彼女の顔を睨んでいた。文美は僕の顔に視線を移して、その目をじっと見はじめた。「心当たりは、ある? こう言う事を書きそうな人」
僕は、その返事に言いよどんだ。心当たりがあれば、その人に「どうして?」と聞く。誰も居ない場所か何かに呼びだして、その人から事情を聞いていたが……。今回は「それ」ができない以上、こうして「ううん」と唸るしかなかった。僕は自分の想像を働かせて、今回の犯人を考えた。
が、そんな人がすぐに見つかる筈もない。菊川さんの好意にすら気づけなかった僕が、それ以外の好意に気づける筈もなかった。僕は自分の無能さを呪って、二人に「ごめんね」と謝った。「なんかこう、迷惑を掛けちゃって」
二人は、その謝罪を聞かなかった。一応は「あ、うん」と聞いたようだが、意識の方が違う対象を向いていたせいで、僕の謝罪もすぐに聞きながしてしまった。二人はお得意の殺気を込めて、犯人捜しのアイディアを出しはじめた。「まずは、特定ね」
そう呟いた文美に菊川さんも「それそれ」とうなずく。文美も、菊川さんの「まずは、それから。方法は、あと」に「そうそう」とうなずいた。二人は山の狩人よろしく、相手を射殺すような目で、相手の目をずっと睨みつづけた。「人の男に手を出したら、どうなるかを教えてあげる」
僕は、その声に震えた。声の中に潜む、二人の殺気にも震えた。僕は周りの空気を忘れて、二人の殺気にただ振るえつづけた。「と、とにかく! 手荒な真似は、止めて? 向こうも、ほら? 二人と同じ気持ちかも知れないし。下手な挑発は、こっちにも被害が及ぶから」
二人は、その意見に黙った。思わぬ敵の登場に苛立ってはいたが、そう言う常識は失っていないらしい。僕が二人の顔を窺うと、それに「大丈夫だよ」と返してきた。二人はそれぞれに笑って、僕に「そう言う事はしないから」と言った。
「あぁし等も一応、高校生だからね? 退学とかにはなりたくないし。それに女子とやりやったら、色々と面倒じゃん? 相手の良いように言われて。そう言う事は、あぁし等の方がプロだよ」
それを聞いて、「ホッ」とした。互いの存在を嫌っていた二人だが、こうなったら心強い。「まだ何も終わっていない」とは言え、ある種の感動を覚えてしまった。僕は二人の影響力に震えて、そこに妙な緊張を覚えた。長い付き合いやら何やらすっかり忘れていたが、二人は相当の実力者なのである。
周りへの影響力は、僕よりもずっと大きい。僕が「ああだ、こうだ」と言わなくても、「二人だけで何とかできる」と思ってしまった。僕はそんな予想を立てて、二人と一緒に犯人捜しをはじめた。
が、犯人側も賢い。僕達が「犯人捜しに挑もう」としても、それに抗う爆弾を残していた。「周りの目が常に向けられる」と言う、そんな爆弾を残していたのである。僕達はその意外な伏兵にやられて、今回の犯人捜しに行き詰まってしまった。「困ったね」
そうぼやく菊川さんに文美も「本当に」とうなだれた。文美は彼女ほどではないにしろ、明らかに不機嫌そうな顔で、屋上の手すりに寄りかかった。「周りが本当にうるさい。私達の事なのに余計な事ばっかり言って。私は、自分の潔白を晴らすためにこんな」
面倒な事はしていない。それは僕も分かっていたし、彼女への疑いを忘れた菊川さんも分かっていた。いかに演技上手な人間でも、ここまでの演技はできない。文美は「本当の被害者」として、今回の調査に加わっていた。「ただでさえ、面倒なのに。本当、要らない事ばっかりする。私は、ただ」
僕と静かに暮らしたかった。それは僕も同意見だが、犯人の方は「それ」を許さなかった。僕達は調査の疲れに苛立つ中で、その新しい文句にただ呆然とした。「うそ、だろう?」
こんなのは、あんまりだ。教室の黒板にまた、例の文句が書かれるなんて。僕はそれに怒る二人を制して、その文句をまじまじと見た。「菊川りんと別れろ」と言う文句を。
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