第22話 忌まわしき学校行事(川崎side)

 黒岩さんと伊藤君の恋愛は、正にラブコメだった。「ご都合主義」とも言える出会いだった事も。二人の関係を考えれば、本当に運命の出会いだった。二人は漫画のラブコメが描きそうな出会い、「趣味」と「恋愛」が混ざる恋愛を楽しみはじめた。

 

 が、それが妙にラブラブしすぎる。黒岩さんが伊藤君とキスした時も、伊藤君から壁ドンを食らった時も、耳元に何やら囁かれた時も、「全年齢対象のラブコメ」と言うよりは、「少し過激な少女漫画」と言う感じだった。


 黒岩さんは伊藤君のテクに当てられて、最初は「二次元万歳!」だった思考を少しずつ、でも確実に変えてしまった。「ああ、伊藤くぅん。マジ、最高」

 

 挙げ句の果てには、こんな事を言う始末。彼女は部屋の中身をすっかり変えて、二次元から三次元に、推しキャラから伊藤君に「自分の推し」を変えはじめた。「生身の人間はやっぱり、至高だわぁあ。ううん」

 

 私は、その様子に苦笑した。それを見ていた早見君や角川さんも、私と同じように「まったく」と笑いはじめた。私は恋愛の素晴らしさを知る一方で、その怖さに「ううん」と唸った。恋愛にはやはり、とんでもない力がある。「あそこまで変わるとは、思わなかった」

 

 早見君は、その呟きに腕を組んだ。彼も彼で恋愛が好きなタイプだが、こう言う展開は考えていなかったらしい。他人の私には分からないが、彼が黒岩さんの「ニヤリ」と笑う姿、「ぐふふふっ」と喜ぶ顔、「ニチャ」とする態度を見る目からは、その雰囲気がひしひしと感じられた。早見君はその感性を隠して、私に「まあ」とうなずいた。「本人が良いなら、それで良いんじゃねぇ?」


 私は、その言葉にうなずいた。周りの反応はどうであれ、本人が良ければそれで良い。クラスのみんなから「なんだ? なんだ?」と騒がれても、それが幸せなら「良い」と思った。私は彼女の変化に戸惑いながらも、その表情自体には「どうか、お幸せに」と思ってしまった。「伊藤君も、優しそうな人だし。二人はきっと、上手く行くよ」

 

 角川さんは、その感想に溜め息をついた。私の想像に呆れる中で、彼女も黒岩さんの幸せを願っていたらしい。本人は「そんな事は、ない」と否んでいたが、黒岩さんを見つめる眼差しや、早見君の弄りに罵る姿からも、彼女の気持ちがそっと窺えた。彼女は自分の感情を隠して、私達に新しい話題を振った。「そう言えば、?」


 それを聞いた瞬間に暗くなった。私は目の前の幸せに目を奪われて、その事実をすっかり忘れていた。「ああうん、確かに。嫌だなぁ。ここの遠足って」

 

 普通の遠足ではない。小学校の遠足は、何かしらの公共機関を使ったが……。ここの遠足は、ガチの遠足。世間からは「競歩大会」と言われる、本気の遠足だったのである。私はその恐ろしい行事に震えて、自分の頭を押さえた。「三十キロも歩きたくないよぉおおお」

 

 早見君は、その叫びに吹き出した。角川さんも、彼の笑みに続いた。二人は私の運動音痴を笑って、それぞれに「大丈夫でしょう?」とうなずいた。「マラソンじゃないんだからさ? 歩くなら、運動音痴も関係ないべぇ?」

 

 そう笑う早見君に角川さんも「うん、うん」と微笑んだ。彼女は早見君とのお散歩デートを考えて、この忌まわしい行事に「あたしは、楽しみだなぁ」と言った。「歩くのって、結構楽しいし。川崎さんも、大上君と歩けるじゃない?」


 まあ、うん。競歩大会は、違うクラスの生徒とも歩けるから。周りの反応が良ければ、大上君とも一緒に歩ける。歩けるけど、やはり辛い。春と夏の境目に黙々と歩きつづけるのは、みんなが考える以上に辛い事だった。


 そんな地獄を味わうくらいなら、家の中でずっと過ごしていた方が良い。私はそんな風に考えて、相手の質問にも「そう、だね」と応えた。「これが、デートだったら良いんだけど。競歩大会じゃ、まともに話すのも難しそうだからね?」

 

 角川さんは、その話に「ポカン」とした。が、それもすぐに消えてしまった。彼女は私の気持ちを察したようで、私に「まあ、大丈夫でしょう」と微笑んだ。「最初は、『大変だ』と思うけどね? その内に慣れてくる筈だから」

 

 早見君も、その意見にうなずいた。運動が苦手ではない点で、今の意見も「確かに」とうなずけるらしい。私としては(とても)不服だったが、早見君につづいて、角川さんからも「頑張ろう」と言われた以上、それに「ああ、うん」とうなずくしかなかった。私は二人の笑みに溜め息をついて、黒岩さんの方に視線を移した。


 黒岩さんはまだ、自分の幸せに酔いしれている。私がそれに溜め息をついても、その気配にすら気づいていない感じだった。私は彼女の、そして、みんなの気持ちに苦笑した。

 

 みんな、楽しそうで羨ましい。競歩大会の後に「どっか行こうぜ?」と笑う早見君達もだが、(学校が違うとは言え)三次元の彼氏にうっとりしている黒岩さんも、私からすればとても幸せそうだった。私は、そんな空間に溢れる世界を「羨ましいな」と思いつづけた。「私も、あれくらい喜べたら良いのに」

 

 はぁ……。すべてはこの、競歩大会のせいだ。運動音痴には地獄すぎる、競歩大会のせい。私は、学校のイベントに言いようのない嫌悪感を抱いた。「競歩大会なんか無くなっちまえぇえええ!」

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