第18話 新しいフラグ(川崎side)

 いつもの喫茶店。でも、いつもと違う。いつもは大上君とだけ来る喫茶店が、今日はどこか賑やかだった。私は良さそうな場所に黒岩さんを座らせると、彼女に「何を飲みたい?」と訊いて、その注文を待った。「今日は、好きなのを頼んで良いから?」

 

 黒岩さんは、その返事に言いよどんだ。自分との接点があまりない私達にお茶を誘われて、変な緊張を覚えているらしい。早見君が彼女の緊張を解きほぐそうとしても、どこか余所余所しい感じになってしまった。黒岩さんは自分の前に注文品が運ばれた時も、しばらくは「それ」に手を付けようとしなかった。「お節介」

 

 そう呟いてまた、私達に「お節介」と怒った。彼女は紅茶の水面を眺めたままで、私達に自分の気持ちをぶつけつづけた。「調子に乗っているの? 『自分達がリア充だから』ってさ? こんな場所に私を連れだして? 貴方達には、『良心』って物が無いの?」

 

 これだからリア充は。彼女はそう、付け加えた。私達への恨みを込めるように。「『自分達が幸せだから』って、それを『すぐに言おう』とする。周りの人からすれば、良い迷惑なのにさ? それを察しないで、いつも……。私は、そう言う連中が大嫌い」

 

 私は、その怒りに口を閉じた。その怒りが、尤もだったからである。彼女の視線から見れば、私達は「リア充自慢の嫌な奴」でしかなかった。他人に自分の幸運を見せびらかす人ほど嫌な人間は居ない。


 私がもし、彼女と同じ立場だったら。ほぼ間違いなく、怒る内容だった。私はそんな気持ちを感じた上で、彼女に自分の気持ちを話した。「貴女も幸せになって欲しい」と言う、気持ちを。「貴女からすれば、確かにお節介かも知れない。自分が望んでいない事をこんな風に言われるなんて。私だったら、『怒る』と思う。だけど」

 

 そこで「うん?」と驚く、黒岩さん。黒岩さんは今の部分に興味を引かれたらしく、今までの態度を少し崩して、私の目を見かえした。


「なに?」


「それが本当に望んでいる事だったら? 黒岩さんは現実の代わりじゃなくて、二次元が本当に好きなの? 現実に居る男の子じゃなく、平面に描かれた男の子が?」


 黒岩さんは、その質問に押しだまった。彼女の気持ちは分からないが、それでも葛藤はあるらしい。最初は強気な態度を見せていたが、やがて「う、ううっ」とうつむいてしまった。彼女はテーブルの上に目を落として、自分の注文品を見おろしはじめた。「最初は」


 現実の男子が好きだったよ? 彼女はそう、呟いた。まるで自分の過去を呪うように。「初恋の男子もリアルだったし、初めて告白した相手もリアルだった。私は、最初から二次元が好きだったわけじゃない。二次元は……その、私もちょっと苦手だったから。でも」


 それを覆す事が起こった。彼女自身は相手に自分の気持ちを言っただけだったが、それが周りの人達にも知られてしまったらしい。周りの人達は(あの嫌な上下関係を持ちだして)、彼女に「身の程知らず」と怒った。


 お前如きが、○○君に告白するんじゃない。そう周りの女子から言われたようである。女子達は(自己保身やストレス発散の意味もあったのだろうが)彼女の告白を理由にして、その精神を蝕みはじめた。黒岩さんは「それ」を思いだしたようで、自分の紅茶をじっと睨んでしまった。


「現実なんて、クソよ。誰も彼も、内面の事なんて見ないし。その人が、どう言う人かも考えない。ただ可愛いか、可愛くないかだけ考える。『人は、中身が大事』とか言うけど。私から言わせれば、嘘っぱちにしか思えないわ? 男子は女子の裸しか考えていないし、女子は自分のステータスしか考えていない。中には、まともな人も居るけど。大抵は、自分の事しか考えていないわ」

 

 私は、その主張に押しだまった。大上君や早見君達も、それに「う、ううん」と唸った。私達は彼女の主張に意見を失ったが、アルバイトの彼だけは「それ」に飲まれなかった。彼は黒岩さんの前にケーキを置いて、彼女に「僕の奢りです」と微笑んだ。「お代は、要らないから。ぜひ、食べてみて下さい。僕が店のマスターに頼んだ、オリジナルケーキです」


 黒岩さんは、その厚意に目を見開いた。それを見ていた私達も同じだが、彼女の驚きはそれ以上だったらしい。彼女は相手の厚意を受けてもなお、しばらくは目の前のケーキを見つづけてしまった。「要らない」


 こんな物は。そう繰りかえして、相手の目を見かえした。相手の目は、彼女の視線に「そう言わずに」と微笑んでいる。彼女はそれに苛立って、椅子の上から立ちあがった。「同情なんて要らない。貴方も結局、みんなと同じでしょう? 私の事を哀れんでさ、それを見くだしているだけなんだ。自分はそんなに、『そんなに格好いいから』って。私の事をずっと、笑っているんでしょう? 二次元が好きな女子なんて」


 相手は、その続きを遮った。彼女の興奮を宥めるように。


「良いじゃない?」


「え?」


「二次元が好きだって。君には、君の趣味があるんだから。僕は、好きな事に夢中な女子が好きだよ? それがたとえ、現実逃避でもね? 僕は、他人の不幸を笑う人が嫌いです」


 黒岩さんは、その言葉に目を見開いた。その頬を僅かに赤らめて。彼女はケーキの上に目を落とすと、悔しげな顔で自分のケーキを睨んだ。「気持ち悪い。そんな二次元みたいな事を言って。三次元は、二次元に勝てないんだから……」


 相手は、その言葉に微笑んだ。それでも、彼女の気持ちを思うように。

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