第17話 逃げられない(武部side)
最初は、「文句を言われる」と思った。不釣り合いな二人が付き合って、それに「嫌みを言われる」と思った。「お前なんかが、菊川さんと付き合うんじゃない」と、そうみんなから「言われる」と思ったが……。
現実はどうも、そう簡単には片付かないらしい。僕としては「非常識」と思える事も、周りからは「普通」と見られる事もあった。
僕達は、クラス公認の中になった。菊川さんの影響力も加わって、「武部結は菊川さんの嫁」になった。それに「ふざけるな!」と怒ったリア充連中も居たけれど、それ等はクラス中から「空気が読めない」と言われてしまった。
僕は、その光景に呆然とした。自分の恋愛があっさりと進む光景に恐怖を覚えてしまった。僕は人気者の持つ力。その影響力に苦笑いした。「『リア充』って凄い」
彼女も、その意見に微笑んだ。彼女は(傍目から見れば)「強引」とも言える力で、その周りを見事に倒してしまったのである。
「でしょ、でしょ? リア充なんて、そんなに難しくない。ちょっとの勇気で、どうにでもなる。自分の芯があればね、いくらでも押しとおせるんだ。クラスのみんなを見ても分かるように。むすっチは、自分の恋愛に悩みすぎただけだよ?」
僕は、その言葉に打ちひしがれた。特に「悩みすぎ」の部分、これには何も言いかえせない。屋上のフェンスに寄りかかった時も、その感触に「そう、だね」と笑ってしまった。僕は自分の弱さに負けて、その本質を罵った。「まったく、情けないな。チキンは、本当に困る」
菊川さんも、その愚痴を笑った。僕の事を見くだすわけではないが、それには思わずうなずいてしまったらしい。僕が彼女の目を睨んだ時も、それに「まあ、まあ」と笑っていた。
彼女は僕の隣に座って、その胸元を薄らと見せた。彼女の胸元には、汗が浮かんでいる。「これからは、リア充なんだから? 気にしちゃいけない。それよりも、楽しい事を考えようよ?」
例えば、彼女とのデート。今までは文美とだけ付き合っていたが、これから彼女と付き合う事になる。周りの人達からも見られた上で、彼女とのラブコメを楽しむのだ。が、やはり重い。文美の事を考えると、どうしても辛くなってしまった。
彼女は僕達が(表向きは)付き合っている裏で、それをじっと眺めているのである。彼女が「僕に恋愛以上の感情を抱いている」としたら、それは苦痛以外の何物でもなかった。「これからは、エッチな事もし放題なんだし?」
菊川さんは意味深な顔で、僕に自分の胸元を見せた。美しい肌に思わず怯んでしまう胸元をそっと見せたのである。菊鹿さんは自分の美しさを知っているのか、僕がそれに覚えた後も、嬉しそうな顔で僕に自分の肌を見せつづけた。
「むすっチは、男の子?」
「ああうん、そうだけど? それが?」
「男の子なら、そう言うのは好きだよね?」
その質問に押しだまった。「好きか、嫌いか」を聞かれれば、迷わずに「好き」と言える。相手の立場や関係性にもよるが、基本はそう言う答えだった。世間の奴等がどうであれ、自分はそう言う事が好きである。
僕は「素直な感想」として、彼女にも「それ」を伝えたが……。それが僕の、更なる地獄に繋がってしまった。僕は、彼女に脅された。今の言葉を人質として、更なる圧力を浴びせられた。僕は「せめてもの抵抗」として、彼女に自分の不安を投げかけた。「それを断ったら、どうなるの?」
彼女は、その質問に「ニヤリ」と笑った。質問の意図はどうであれ、彼女には文字通りの愚問だったらしい。僕としては複雑な気持ちだったが、彼女の方は「クスクス」と笑っていた。
彼女は僕の目を見ると、真剣な顔で僕の鼻先に指を付けた。「それはもちろん、地獄になるだけよ。むすっチと永山さんがね? 周りから文句を言われる。最悪の時は、学校から追いだされるかもね?」
そう言われた瞬間に泣いた。「自分はもう、彼女から逃げられない」と、そう内心で思った。彼女の方は、それに「クスクス」と笑っていたけれど。僕の方はただ、今の一言に倒れるしかなかった。僕は両目の涙を拭って、彼女の目を見かえした。彼女の目は、今の会話に喜んでいる。
「凄いね」
「何が?」
「うんう、何でもない。今日の帰りは」
「あぁしと一緒だよ? 彼女が彼氏と帰られないなんて、おかしいじゃん?」
「だよね?」
それに対する拒否権は、無い。文美の方はたぶん、これに文句を言うだろうが。今の状況を考えれば、それも「うっ」と堪えるしかなかった。僕は屋上のフェンスから背を離して、その周りを「ぐるぐる」と歩きはじめた。「帰りは、どこかに寄るの?」
菊川さんは、その質問に表情を変えた。それをまるで、待っていたかのように。僕の前に歩みよって、その顔をゆっくりと覗きこんだ。彼女は僕の唇を舐めて、自分の胸元に僕を引っぱった。「寄るところなんて、一つしかないじゃん? あぁし等、恋人なんだよ? 『恋人が二人でする事』と言ったらもう、それしかないじゃん?」
僕は、その返事に生唾を飲んだ。普通なら胸を躍らせる場面だが、今は「それ」も起こらない。「暴走列車」と化した彼女にただ、「分かった」とうなずくしかなかった。僕は妙な喪失感を覚えて、彼女の唇に指を当てた。「もしもの時は、責任を取る」
それが、決定打になった。彼女は嬉しそうな顔で、僕の指を舐めはじめた。
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