第16話 喪女の嫉妬(川崎side)

 私が「異性」を感じたのは、小学校の時だった。「親や友達」とは違う、存在。好きは好きでも、普通の好きではない好き。それを感覚的に覚えたのである。「この感覚は、今までに味わった事はない」と、そう内心で覚えたが……。


 それが妙に恥ずかしくて、周りには「それ」が言えなかった。周りは私よりも早熟で、私以上に「それ」を知っていたからである。私は友達の恋バナ(と言うか、好きな人告白)に耳を傾けて、それに自分自身を重ね合わせた。


 そして、大上君にも「それ」を話した。大上君はずっと、私の隣に居た異性だから。「そう言うのも、分かってくれる」と思ったからである。私は彼と一緒に帰る中で、彼に「異性」の話を投げかけた。「大上君は、好きな人居る?」

 

 大上君は、その質問に口を閉じた。それまでは私との談笑を楽しんでいたが、それを聞かれた瞬間に「うっ」と黙ってしまったのである。彼は気まずそうな、でも、悲しげな顔で、私の顔をじっと見かえした。「居るよ? 居るけど、それがなに?」

 

 今度は、私が口を閉じた。彼の答えを聞いて、それに不安を覚えたからである。私は「居る」の奥に居る人物、彼の好きな人に「興味」と「恐怖」を覚えた。「ああ、うん。女子のみんなが、話していたから。『大上君も、好きな人が居るかな?』って。私は」

 

 疎くない。最初は「そう言うのに疎い」と思ったが、すぐに「疎くない」と言いなおした。私は真剣な目で、大上君の目を見た。大上君も真剣な目で、私の目を見ている。「ごめん、変な事を聞いた」

 

 大上君は、その言葉に首を振った。私の言葉に苛立ったわけではない。ただ、「それは言わない方がいい」と思って。私の不安に「大丈夫」と付き合ってくれた。大上君は「言葉以上の沈黙」「沈黙以上の答え」をもって、二人の関係に形を作った。「キャーキャー言うだけが、恋愛じゃないだろう?」

 

 私も、それにうなずいた。そして、その話もしなくなった。私は、今の自分に時間を戻した。大上君と付き合いはじめた自分にふと、自分の意識を戻したのである。私は自分の過去に苦笑いしながらも、新しい世界に希望を抱いたが……。


 それを許さないのが一つ、私の前に(厳密には、角川さんにも)立ちはだかった。例の黒岩宮子さん、彼女が私達の事を睨みはじめたのである。彼女は私達への抵抗(と言うべきか?)として、学校に自分の好きな二次元キャラ(いわゆる、推しキャラ)を持って来はじめた。「ううん、やっぱ二次元だわ。三次元なんかクソ、死ね」

 

 死ね、死ね、死ね、リア充死ね。そう呟く声はまるで、呪詛のようだった。彼女はクラスの全員から引かれる中で、自分の大好きなイケメンキャラに甘えはじめた。「二次元は、私を裏切らない。二次元最高、陽キャラ死ね!」


 角川さんは、その声に溜め息をついた。彼女の事を哀れんだわけではなく、ただ「やれやれ」と思ったらしい。私に話しかけた時も、彼女の反応に「呆れる」と言うよりは、「これは、どうにかするしかないんじゃない?」と言う風だった。


 角川さんは自分の頭を掻くと、私の耳元に「あれは、ただの僻みだね?」と囁いた。「二次元が好きじゃなくてさ? それで、現実の憂さを晴らしている感じ? 本当は、あぁし等と同じように」

 

 そこから先は、聞かなかった。「聞かなくても分かる」と思ったから。彼女の声を遮って、それに「ううん」と唸ってしまった。私は(本当はお節介なんだろうが)黒岩さんの様子を見て、そこから一つの案を思いついた。


「話してみようか?」


「え?」


「大上君とか早見君に。二人は、男子の中でも」


 今度は、角川さんが遮った。私もそうだが、彼女も私の意見が分かるらしい。すべてではないにしても、その八割くらいは分かるらしかった。角川さんは自分の前に早見君を手招きして、彼に「相談があるんだけど?」と言った。「早見君の知り合いで、誰かフリーな人は居ない? 本当は、余計な事かも知れないけど。黒岩さんを見るかぎり」

 

 早見君は、その話に「ニヤリ」とした。自分の恋愛も好きな彼だが、他人の恋愛も好きらしい。角川さんの予想を超えて、「俺も力を貸すわ!」と喜んでいた。「自分だけが幸せになっちゃダメでしょう? こう言うのは、みんなでハッピーにならないとね?」


 それには、私も同意見だった。「成り行きで大上君と付き合う事になった」とは言え、それは早見君や角川さんのお陰である。自分は許され、相手は許されないなんて事は、ダメ。自分にそう言う力があるなら、相手にも力を貸すべきである。


 私は早見君の空気に打たれて、「自分も、彼女の恋愛を手伝おう」と思った。「相手に断られた時は、別だけど。そうでないなら『頑張ろう』と思う。私も色々な人から助けて貰ったし。そう言うのは、支え合った方がいいよね?」

 

 早見君も、その意見にうなずいた。それを聞いていた角川さんや、周りの女子達も。みんなは真面目な顔で、黒岩さんの事を話しはじめた。「まずは、本人の意思を第一に。うちらがどんなに良くても、相手が嫌な時があるからね? お節介はしない。断られたら、すぐに諦める。世の中には、二次元が好きな人も居るからね? うちらの考えは、押しつけないようにしよう? ただ、ガチで彼氏が欲しい場合は」

 

 マジで、頑張る。それが私達の、早見グループに意見になった。みんなで幸せになる。誰か一人を除け者にしてはならない。助けられる場面があったら、喜んで助けよう。私達はそう決め合って、ある場所に彼女を連れ出した。

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