第15話 密約(武部side)
意味不明、そうとしか言えなかった。自分以外の人とも付き合って良いなんて、普通なら考えない事である。ましてや、それが自分の恋敵なんて。「まともな人間が考える事ではない」と思ったが。「菊川りん」と言う少女は、僕が考える以上の少女だった。
自分が僕と文美の関係を黙っている事で、僕との関係を築き上げる。「脅し」と言う手段で、自分との関係を縛る。普通の人にはまず考えられない事だが、頭脳明晰(と言って良いだろう)な彼女には「それ」が当たり前の事だった。
僕は、彼女の頭に震えた。彼女は(どちらかと言うと)、「軽い感じの少女だ」と思っていたが。実際は、僕が考えるよりもずっと賢い少女らしい。普通ではありえない手段を取って、自分の利益を「得よう」としていた。
僕は、そんな彼女の手段に冷や汗を感じた。彼女の考えにはきっと、逆らわない方がいい。だから、彼女にも「分かった」と応えた。文美の「待って!」を無視して、その意見にうなずいた。
僕は相手の了解を得た上で、文美の顔にまた向きなおった。文美の顔は、今の密約に強張っている。「仕方ないよ、ここは彼女の意見に従うしかない。全員の意見を擦り合わせれば、それが最善の手だ。彼女の意見を突っぱねて、周りに僕達の事を」
知られてはまずい。それは文美も分かっているようだが、それでも「嫌な物は、嫌」らしかった。相手に交際の自由を縛られるなんて、普通ならありえない事である。彼女は(恐らくは)そう感じて、菊川さんの顔を思いきり睨んだ。「貴女は、狂っている。私も臆病だけど、それ以上に歪んでいるわ。こんな手段に出るなんて、まともな神経じゃない。『頭がイカレテイル』としか思えないわ!」
菊川さんは、その声を無視した。頭では分かっていても、心では無視しているらしい。文美の主張がどんなに正しくても、それを「下らない」と嘲笑っていた。菊川さんは文美の目を睨んだ上で、僕にも「それじゃ、早速」と話しはじめた。「むすっチ、今日の放課後だけど?」
僕は、その続きにうなずいた。そんなのは、聞かなくても分かる。文美がそれに噛みついたところで、その決定は覆られなかった。僕は文美に謝った上で、菊川さんの誘いにうなずいた。「分かったよ、菊川さんに従います。それが文美を、大事な人を守るためなら。僕は喜んで、君と付き合う」
それを聞いた菊川さんが喜んだのは、言うまでもない。菊川さんは僕の手を握って、文美の顔をチラッと見た。「この子とやってもいい。でも、それは私の次ね? あぁしがむすっチとやってから。それ以外の事もみんな、あぁしが先。それを破ったら、『二人に襲われた』って言うから」
絶対に忘れないで? そう言われた瞬間に僕も文美も黙ってしまった。僕達は、無言の内に悟った。「この子が居る限り、二人は決して結ばれない」と、そう内心で思ったのである。僕達は「本音」と「服従」の狭間に立って、この狂いそうな気持ちを抑えた。「分かった」
そう返した僕に文美も「それでいい」と続いた。文美は両手の拳を握って、菊川さんの顔を睨んだ。菊川さんの顔は、優越感を覚えている。僕達の顔を見て、心の底から喜んでいるらしい。「だから、貴女も守ってね? 私達の関係を」
菊川さんは、その言葉に「もちろん!」と微笑んだ。相手に自分の要求が通れば、基本は素直な子らしい。僕からすれば、「ワガママ」としか思えないが。それが「菊川りん」と言う少女だった。
彼女は僕の手を引いて、その足を促した。「それじゃ、教室に戻ろう! 授業も、そろそろ始まるし。遅れたら、色々面倒じゃん?」
うん……。僕はそう、相手に言いかえした。本当はもっと、別な事を言いたかったけど。有無を言わせぬ彼女の眼光が、その気持ちを裂いてしまった。僕は二人の少女に謝って、自分の教室に向かった。「これで」
良かったのだ。普通に考えれば、ありえない事でも。今の状況を考えれば、これが最善の手だった。菊川さんを怒らせれば、すべてが終わってしまう。文美には「それ」が許せないだろうが、僕には「それ」が救いの一手だった。
僕は菊川さんと連れ立って、教室の中に入った。教室の中には、いつも通りの風景。下らない話で盛り上がるみんなが居たが、菊川さんが供託の前に僕を連れていくと、それに驚いて、そのほとんどが僕達に視線を向けはじめた。僕はみんなの視線が怖くて、その眼差しから視線を逸らした。
が、菊川さんはそうではない。さっきの事があった以上、彼等の視線にも怯むわけがなかった。彼女に浴びせられる視線、それに混じっていた授業の先生。彼等は授業の事などすっかり忘れて、僕達の事をまじまじと見はじめた。菊川さんは嬉しそうな顔で、みんなの顔を見わたした。「突然ですが、重大発表でぇええす!」
止めろ。
「あぁし、菊川りんは」
止めてくれ。
「彼、武部結君と付き合う事になりましたぁ!」
パチパチパチ、ではない。周りのみんなも、驚いている。それにどう応えていいのか、分からない感じだった。みんな今の発言に困って、彼女の顔をじっと見つづけた。
「まさか、冗談じゃないよね?」
「うん、マジ! むすっチは、今日からあぁしの彼ピッピです!」
トドメの一撃。それに合わせて、僕にキスする菊川りん。彼女は僕とキスした状態で、クラスの全員にピースした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます