第14話 乙女達の叫び(川崎side)

 みんなに知られたのは「仕方ない」として、問題は「それ」を冷やかされる事だった。行く先々でからかわれ、その「あっ、ここ、熱いわ」を受ける。友達の女子達に囲まれて、男子との(見せられないよ)を訊かれる。節度のある人はそんなでもないが、「男」に飢えている女子は、男子顔負けの(見せられないよ)を見せていた。


 私は、その勢いに負けた。表面上では「非リア充」を見せていた手前、その圧力も凄まじかったのである。恋愛漫画が大好きな女子は、現実の非情さ(?)に打たれて、私に「裏切り者ぉ!」と叫んでいた。「智代だけ大人になって! あたしも、さっさと」

 

 ダメ! そこから先は、ダメ! 女子だけならまだいいが、男子には厳しすぎる現実だ。私もさっさと卒業したいなんて、男子には天国のような言葉である。彼女の貞操を守るため、そんな言葉は言わせられない。


 私は彼女の口を塞いで、彼女に「私もまだだから!」と囁いた。「そう言うのは、軽々しく言っちゃダメ。クラスの男子が、オオカミになっちゃうよ!」

 

 相手は、その言葉に黙った。「恋」に飢えた彼女だが、そう言うところは真面目らしい。私に「リア充○ね!」と喚いたものの、すぐに「わ、分かった」とうなずいた。彼女は年頃の女子らしく、自分の不幸(?)に愚図りはじめた。「あたしも、彼氏が欲しいぃ! 彼氏とイチャイチャしたいぃ!」

 

 私は、その不満に苦笑いした。本当は、「好い人が見つかるよ」と言いたかったが。それでは、意地悪になってしまう。彼女の視点に立てば、それは失礼極まりない言葉だった。私は彼女の気持ちを慮って、彼女に「大丈夫」と微笑んだ。「私もただ、運が良かっただけだから」

 

 相手は、その言葉に泣きくずれた。私としては相手を励ましたつもりだったが、相手には「それ」が「皮肉」と思えたらしい。私が相手に「ご、ごめん」と謝っても、それに「うるさい、リア充女!」と叫んでいた。


 相手はギャグ漫画のモブキャラよろしく、周りからも呆れられるような声で、私に「あたしも、リア充になりたい!」と言った。「友達にマウント取りたいよぉ!」

 周りの女子達は、その声に苦笑した。私もそうだが、「もう、放っておこう」と思ったらしい。彼女がどんなに泣きさけんでも、その声をすっかり無視しはじめた。


 女子達は彼女の近くから離れると、今度は角川さんの周りに集まって、(彼女の取り巻き達も、その賑わいに混ざった)彼女からデートの感想を聞いたり、彼女の幸運に「いやぁ、良かった、良かった」と喜んだりした。「これでもう、胃薬が要らない」


 ストレスからも解きはなたれる。あの鋭いオーラも受けなくて済む。そう言われた本人は、彼女達の意図がまったく分かっていなかったが。周りの反応を見て、とりあえずは「ああうん、それは良かった」と笑っていた(貴女も大概ですね)。


 角川さんは周りの反応をしばらく見ていたが、からかわれるのはやはり恥ずかしいらしく、女子達から際どい質問を受けた時はもちろん、彼氏の早見君に「今度は、どこ行く?」と訊かれた時も、それに「うわん」と叫んで、教室の中から飛びだしてしまった。「恥ずかしいから、やめてぇえええ!」

 

 女子達は、それに驚いた。早見君も、呆気に取られた。彼等は互いの顔をしばらく見合ったが、やがて「プッ」と笑いだした。「角川さん、やっぱ可愛いわ」

 そう微笑む早見君に女子達も「うん、うん」とうなずいた。女子達は楽しげな顔で、彼女の事を話しはじめた。「見た目は、滅茶苦茶きつそうなのに。中身は、意外と初心だからね? エッチな事も、苦手らしいから」

 

 早見君は、その話に吹き出した。私もそれに「プッ」と思ったが、彼の方がずっとおかしかったらしい。周りの女子達に合わせて、彼も「マジかよ!」と笑っていた。彼は口元の笑みを消すと、嬉しそうな顔で「クスッ」と微笑んだ。「やっぱ、好きになって良かったわ」

 

 女子達は、その言葉に「ポッ」となった。普段は軽い感じの早見君だが、こう言うイケメンスマイルもできるらしい。彼は周りの女子達を見わたして、その目をじっと見かえした。「ずっと大事にする」

 

 トドメの一撃。女子達の気持ちを「きゅんっ」とさせる一撃だった。女子達は彼の言葉にやられて、彼女でもないのに「ああ、メッチャいいわ」と笑いはじめた。「こう言う恋愛、マジで好き。少女漫画に片足突っ込んでいる」

 

 確かに。私も他人の事は言えないかも知れないが、それでも「良いなぁ」と思ってしまった。好きな人からこんなに思われるなんて、女子ならきっと天国に違いない。普段の景色ですら、桃源郷に見える。私も大上君との恋愛にドキドキしているが、彼女の場合は「それ以上だ」と思った。私は彼女への憧れも含めて、その青春に「良かったね」と微笑んだ。

 

 だが、それを喜ばない人が一人。自他共に認める黒岩さんだけは、二人の恋愛模様に「リア充、死ね」と呟いた。黒岩山は不機嫌際わりない顔で、机の上に「ううっ」と突っ伏ししはじめた。「どいつもこいつも、盛っているんじゃねぇよ。まったく」


 私は、その言葉に怯んだ。言葉の威力はもちろん、その雰囲気も怖い。「リア充」への怒りが、感じられる。周りの女子達も、その雰囲気には「おうっ」と思ってしまった。私は、彼女の怒りをなだめた。「まあまあ、黒岩さんもきっと」

 

 良い彼氏ができる。そう言いかけた私に「ああん?」と睨みかえす、彼女。彼女は机の上をバンバン叩いて、私の顔を思いきり睨んだ。「いいもん! 私には、二次元があるし! 二次元は、私を裏切らないからね! 私は、自分の青春に青春を捧げるんだ!」


 私は、その言葉に苦笑した。それに悲しくなったわけではない。彼女の叫びが、私の胸を打ったからだ。こんなに悲しい叫びは、今まで聞いた事がない。私は彼女の青春を哀れみながら、それと同時に「怖い」と思った。

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