第13話 狂気のヒロイン(武部side)

 修羅場になった。それも嫌な形で、その現象が起こってしまった。菊川さんの逆鱗に触れた事で、その悲劇が起こってしまったのである。僕は自分の弱さに苛立ちながらも、結局は彼女の暴走を止められなかった。


 彼女が文美の事を引っぱってきたように、そして、文美に自分の気持ちを打ちあけたように。すべての調和が見事に崩れてしまったのである。菊川さんは今までの気持ちも込めて、文美にその怒りをぶつけた。「付き合ってもいないのに彼女面とか? そう言うの、マジで痛くない? 自分は、あんなにモテるくせにさ?」

 

 文美は、その言葉に表情を変えた。僕の知らない、憤怒を見せて。相手の顔を睨んでは、それに殺意を込めたのである。彼女は鋭い眼光のまま、僕の声すらも無視して、相手の目をただ睨みつづけた。「本当は」

 

 そう呟いて、深呼吸。


、結と。普通の女子が、そうするように。私も、結の彼氏になりたい。でも」


「『周りの目が怖い』とか? ふんっ、冗談じゃない。アンタ、恋愛舐めているの? 周りの目とか、自分の立場とかさ? ぶっちゃけ怖いだけじゃない? 『本当はこうしたいのに、こうできない』とか。そんなのは、ただの言い訳でしかないじゃん? 何でもかんでも」


「貴女には、分からない!」


 そしてまた、「分からない」と返した。文美は僕の顔に目をやったが、やがて菊川さんの顔に視線を戻した。「私達がどんな思いをしてきたか? たけちゃんがどんなに」


 菊川さんは、その続きを遮った。まるで、相手の気持ちすらも遮るように。「苦しい思いをしようと。それは、全然関係ないじゃん? 恋愛は自由なんだし、それにああだこうだ言うのもおかしい。永山さんは、結君の事が好きなんでしょう? だったら、その気持ちに従えばいいじゃん? 周りの人達がどうこう言おうと、それを貫けばいいじゃん? こんなのはどうせ、高校までの話なんだし。『周りの目が』なんて言うのは、『ただの逃げだ』と思うの。あぁしは、自分の恋愛からは逃げない」


 文美は、その反論に押しだまった。僕もそれに黙ってしまったが、文美の方はそれ以上だった。無言で相手を睨むしか、それに応じられない。「悔しい」と言う気持ちをただ、押し殺すだけだったのである。文美は両手の拳を握ると、真剣な顔で相手の目を見かえした。「私は、彼の事が好き。『親友』とか『腐れ縁』とかではなく、『一人の男性』として。私はずっと、彼に片想いなんだ」

 

 そう言われたらもう、僕も覚悟を決めるしかない。今までは曖昧だった感情を、ここでハッキリさせなければならなかった。僕は自分の気持ちを整えて、菊川さんの顔に向きなおった。菊川さんの顔は、その視線に眉を寄せている。「

 

 そう言ってまた、息を吸った。自分の精神を整えるように。「ごめんなさい。僕、やっぱり! 君とは、付き合えません。自分の隣にずっと、居てくれた子が居るから。僕は、その子を裏切れません」

 

 菊川さんは、その返事にうつむいた。返事の意味は分かっても、その想いは受けとれないらしい。僕としては受けとって欲しかったが、それも僕のワガママだった。彼女は両手の拳から力を抜くと、寂しげな顔で僕の目を見かえした。「それじゃ、付き合うの? 二人は」

 

 その答えは、「うん」だった。僕としては不本意だったけど、それが「最善の策だ」と思ったからである。僕は幼馴染みの子に向きなおって、その目をじっと見はじめた。「文美ちゃん」


 その答えは、沈黙。だが、決意の沈黙だった。


「今までごめんね? 本当は、もっと」


「うんう、いいの。たけちゃんは私の、ソウルフレンドだから。大好きな人は、苦しめたくない。私はこの、たけちゃんと過ごす時間が好きなんだ」


「文美……」


 そこから先は、無言だった。本当は、「何かを言わなければ」と思ったけれど。文美の目を見たせいで、その言葉が失ってしまった。僕は彼女に頭を下げて、菊川さんにも「ごめんね」と謝った。「これからも、うんう。これからは、でお願いします」


 文美も、それに「こちらこそ、彼氏でお願いします」と言った。文美は菊川さんの顔を見たが、やがて彼女に「これでいい?」と聞きはじめた。「満足?」

 

 相手は、その質問にうなずいた。まるでそう、この瞬間を待っていたように。彼女は嫌な笑みを浮かべて、僕と文美の顔を眺めはじめた。「いいよ。ただし、一つだけ条件がある。それを飲まなきゃ、みんなに二人の事をばらすから」

 

 僕は、その言葉に固まった。それが意味する事はひとつ、僕達への脅しだったからである。僕は彼女の思考に怯えて、その脅しにも「なに?」と震えてしまった。「そんな事をすれば、自分の立場が悪くなる」と分かっているのに。


「その条件って?」



「はぁ?」

 

 思わず驚いた。文美も、僕と同じように驚いている。僕に「お金」や「パシリ」を頼むなら分かるが……まさか、付き合えなんて。菊川さんは、自分の言っている事が分かっているのだろうか? 「それは、流石に不味いんじゃないの? 彼女が居る人と付き合うなんて?」

 

 いくらなんでもおかしい。が、彼女には「それ」が通じないようだった。不敵な笑みを浮かべる、彼女。彼女は文美の顔を見て、僕の顔にまた視線を戻した。


「まずくないよ? だって」


「だって?」


「本当の彼女は、あぁしだし。永山さんはみんなに内緒で、結君と付き合えるだけだから。本物の彼女は、あぁし一人だけ」

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