第12話 ダブルデート(川崎side)

 大上君とのデート(と言っていいだろう)は、いつも楽しい。私自身も騒ぐ方ではないが、大上君も(「どちらか」と言えば)落ちついた方だからだ。


 一時の感情に任せて、ルールを破る事はしない。変な衝動に駆られて、気持ちいいに溺れる事はなかった。悪い事は、悪い事。やってダメな事は、ダメな事。気持ちの奥から湧きあがる感情に突き動かされる事はあるが、それもすぐに収まってしまった。


 私達は、深い絆で結ばれたい。「身体」とか「センス」とかに捕らわれず、心から相手の事を想いたい。周りの大人達からは「もっと遊べ」と言われるが、それが私達のスタイルで、最も安心な関係だった。恋愛系の漫画にあるような、「ドロドロした関係」と言うのはどうしても苦手だったのである。だからこそ、今回のデートは嬉しかった。

 

 。相手に「頑張れ」と言いあえるダブルデートが、本当に嬉しかったのである。私は大上君と待ち合わせの場所に行くと、楽しい気持ちで残りの二人が来るのを待った。


 残りの二人は、すぐに現れた。四人が集まる場所は決めていたが、(考える事は、二人も同じなようで)それとは別に二人だけの待ち合わせ場所を決めていたのである。二人は華やかな容姿に相応しい服装、それに似合ったぎこちない態度を見せて、私達にも「お待たせ」と微笑んだ。「結構、待った?」

 

 その答えは、「全然」だった。私は五分前行動の二人に微笑んで、大上君にも目配せした。「それじゃ、行こうか?」


 二人は、その言葉にうなずいた。大上君も、それに「ああ」と笑った。彼等は町の電車に乗って、約束の水族館に向かった。水族館は、混んでいた。一応は早めの電車に乗ったが、考える事は周りの人達も同じらしい。


 最初は閑散としていた電車の中も、一駅進む毎に人が増えていって、目的の水族館に着いた時にはもう、満員近くの人になっていた。「やべぇな、この人数」


 そう呟く早見君に角川さんも「う、うん」とうなずいた。早見君は痴漢から角川さんを守るためか、電車の窓際に彼女を立たせて、自分はその正面に立ちつづけた。「せっかく、早起きしたのにさ? これじゃ、とのデートがでーなしじゃん?」

 

 角川さんは、その言葉に瞬いた。好きな男子に「みずッチ」と呼ばれて、「ドキッ」としたらしい。早見君が彼女に「どうしたの?」と聞いた時も、それに「う、うううっ」と悶えるだけで、彼の目を「見よう」とはしなかった。角川さんは自分の名前、「瑞穂みずほ」から取った渾名にずっとニヤニヤしていた。「それ、ずるい」


 そしてもう一度、相手に「ずるい」と言った。「不意打ち、卑怯。謝って」


 角川瑞穂さんは恥ずかしげな顔で、相手の顔を見かえした。相手の顔は(たぶん)、今の言葉に「ポカン」としている。自分がどうして、そう言われたのか? その意図がまるで、分かっていないようだった。角川さんはそんな態度に呆れて、彼の顔から視線を逸らしてしまった。「知らない! 川崎さん、行こ?」


 私も、その言葉にうなずいた。純情一直線なのはいいが、肝心なところで鈍感なのは困る。大上君も彼の天然には呆れていたが、自分にも思いあたる節があるようで、角川さんのように責めようとはしなかった。


 角川さんは今の場所から離れると、恥ずかしげな顔で水族館の中をまた歩きはじめた。それに続いて、私や大上君も歩きだしたが……。やはり鈍感な早見君だけは、私達の苦笑に首を傾げていた。私達は水族館の案内に従って、カニの足に怯み、水槽のクマノミにときめき、サメの眼光に怯んで、イルカのショーに騒ぎ合った。「かわいぃい! ねぇ、見てよ?」

 

 イルカが踊っている。飼育員の指示に従って、自分の身体をくねらせている。こう言う時でも鈍い早見君は角川さんに自分の横腹をつねられていたが、そうではない大上君は私と一生に「可愛い!」と笑い合っていた。「ネットの動画でも観られるけど。生の方がやっぱりいいな?」

 

 大上君は水槽の水しぶきから私を守った後も、楽しげな顔でイルカのショーを観つづけた。イルカのショーは、二十分程で終わった。ショーの内容もそうだが、飼育員達も休憩になったらしい。水族館の中にあるスピーカーからも、その旨がはっきりと伝えられた。


 大上君は私達の全員に「昼飯に行くか?」と言うと、席の上から立ちあがって、全員の顔を見わたした。「もう、お昼だし。腹も減っただろう?」

 

 早見君は、その意見にうなずいた。それに続いて、私や角川さんも今の場所から歩きだした。私達は水族館の案内に従って、そのレストランに向かった。水族館のレストランは、綺麗だった。喫茶店のような華やかさは無いが、若い人には好かれそうな内装。お店のメニューも綺麗で、その説明文も軽やかだった。


 私達は自分の財布を向きあって(男子達が女子達ご飯代を出してくれたが)、自分の好きな物を頼んだ。「おおっ、いいじゃん! 写真撮っぺ! 写真撮っぺ!」

 

 そう騒ぐ早見君に私も「うんうん」とうなずいた。これは、是非とも撮りたい。私の好きなiPh○neも、「これは撮るべきだ」と言っている。「本体のストレージに入れるべきだ」と、そう何度も囁いていた。


 私は気持ちの衝動に駆られて、目の前の料理をパシャリ。早見君も「今日の記念に」と称して、今の全員が写る写真を撮りはじめた。「これは、テンション上げ上げでしょう! めっちゃいい感じに写っているし! これを撮らないのは、損じゃねぇ?」


 大上君は、その言葉に折れた。それを聞いていた角川さんも、「う、ううん」とうつむいた。二人は早見君の勢いに負けて、早見君のカメラに撮られた。「すげぇ、いいわ! よし、ネットに上げよう」


 。少しの嫉妬と、大勢の「ニヤニヤ」と共に。

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