第11話 ソウルフレンド(武部side)
返事に困った。困ってはいけないのに「ううん」と困ってしまった。「自分は、文美が居る」と、そう断らなければならないのに。彼女の浮かべる顔が、その否定を忘れてしまった。僕は自分の頭を掻いて、相手の目を見かえした。相手の目は、僕の返事に息を飲んでいる。「もし、断ったら? どうなるの?」
菊川さんは、その質問に眉を寄せた。今の質問に「はっ?」と怒るような顔で。僕が相手に「ごめん」と謝った時も、それにしばらく応えてくれなかった。彼女はポケットの中からスマホを取りだして、僕にその画面を見せた。スマホの画面には、「録音」の文字が出ている。「断ってもいいよ? いいけど、その時は」
これをバラすらしい。自分と僕の会話を撮った、今の音をみんなに流すようである。彼女は「それ」を「脅し」として、僕の選択肢を狭めた。「結君はたぶん、『大丈夫だ』と思う。自分の信念は曲げないし、女の子にも誠実だから。周りからの批判も、『ある程度は耐えられる』と思う。でも、彼女は?」
この批判に耐えられる? 自分よりも劣っている男子と関わっているなんて、彼女のような人間が耐えられるだろうか? 今の地位を捨てて、一人の男子に関わるなんて事。「普通は、無理だよね? それができれば、とっくの昔に付き合っている筈だし? 永山さんは周りの目が怖くて、むすっちと付き合えないんでしょう?」
僕は、その質問にうつむいた。文美から「それ」を聞かなくても、彼女の気持ちは何となく分かったからである。彼女の気持ちがどうであれ、その本心は「恐ろしい」と思った。僕は相手の意見に負けて、その場に「うっ」としゃがみ込んだ。
「文美はたぶん、僕の事を大事に思っている。『ずっと一緒に居る幼馴染み』として、僕を親友みたいに思っている筈だ。自分の事を何でも話させる親友、異性の友達。彼女はきっと、『彼氏』とは違う意味で」
菊川さんは、その返事に怒った。僕に怒鳴るような怒り方ではないものの、その精神を押しつぶすような怒り方だった。彼女は少しの沈黙を入れると、いつもの態度に戻って、僕の頬をそっと撫ではじめた。「それなら付き合えるね、あぁしと? 永山さんは、むすっちの親友なんだから。親友は、彼女じゃないっしょ? だから」
あぁしとの事も、浮気にはならない。向こうには「浮気」と見られても、客観的には「浮気」ではなかった。お互いが正式に付き合っていない以上は、どんな相手と付き合ってもいいのである。その意味では、彼女の意見は
君と付き合えない。そう返した瞬間に怒鳴られた。周りの人達にも聞こえるような声で、彼女に怒鳴られてしまったのである。僕は彼女の迫力に負けたが、彼女はその動揺に怯まなかった。挙げ句には、彼女から「あの子に捕らわれすぎ!」と言われる始末。僕は「それ」にも怯えたままで、彼女の顔からも視線を逸らしてしまった。
「そんな事」
「あるよ、付き合ってもいないのに相手を縛るなんて! 普通だったらありえないじゃん? むすっちもむすっちで、優柔不断だけど。周りの目を気にした恋は、本当の恋じゃないじゃん? いつまでも、こそこそ隠れて。永山さんは……うんう、むすっちも含めた二人はずっと、周りに黙っているつもりなの? このまま関わって、将来」
「結婚?」
「とかしたら、結局ばれるじゃん? 『どんなに隠そう』と思っても、それを知った人が現れて。二人の事を見くすじゃん? 結婚は、二人の問題なのに『不釣り合い』って笑うじゃん? むすっちの事が憎くって、永山さんを傷つけるじゃん? それがどんなに辛い事でも。あぁしはそう言う、周りの目が許せない。周りの目に負ける、二人の事も許せない。恋愛はどんな人にも平等で、どんな人にも公平なんだから! それを……」
僕は、その言葉に押しだまった。言葉の内容は滅茶苦茶だが、ある種の筋は通っている。恋人でもない相手が、相手の恋を縛ってはならない。むしろ、後押しするべきである。相手が好きな相手と付き合うなら、それに「頑張れ」と言うべきだった。
僕はその考えに打たれる一方で、本音は「それでもダメだ」と思った。彼女の存在は特別、「恋」とか「愛」とかでは語れない魂の親友だ。魂の親友である彼女に「彼女ができた」とは言えない。それどころか、(「恋」とか「愛」とかを超えて)彼女の傍に「居たい」と思った。僕はそう思って、菊川さんにも「それ」を伝えたが……。
菊川さんには、その気持ちが届かなかった。男女の恋愛は、有り得ない。それは「好き」を誤魔化した、好きである。「魂の底から彼女を愛する」と言う事は、「それが至上の恋愛」と言う事だった。僕は、そんな彼女の思想に戦いた。「恋」が道理に勝った世界では、あらゆる本質が「ラブ」になるらしい。
「僕は、文美を大事にしたい。彼女との関係を守って、その気持ちも大事にしたい。彼女にこれから、恋人ができるかも知れないけど。その時は、『彼女の気持ちを重んじたい』と思っている。僕がそれで、一人になっても。僕は」
彼女の幸せを願いたい。そう返した僕だったが、菊川さんにはやはり通じなかった。怒りに震えた瞳、悲しみに潤んだ目。彼女は僕の声を無視して、今の場所からサッと歩きだした。「分かった。それじゃ、あの子に話してくる。『結君は、私の物だ』って」
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