第8話 思わぬ想い(川崎side)
罪悪感を覚えた。本当はそんなの思わなくていい筈だが、それでも「悪い」と思ってしまった。彼との約束を破ってしまった事に「ごめんね」と思ってしまったのである。私は彼の返事を思いだして、それにまた「ごめんね」と謝った。「大上君、私……」
本当は。そう言いかけた瞬間、早見君に「どうしたの?」と話しかけられてしまった。早見君は私の隣に座って、その顔を覗きこんだ。角川さんが、「それ」を見ている事も知らないで。「気分でも悪い? ちょっと外にでも出ようか?」
私は、その返事に迷った。気分が悪いのは事実だが、彼にそれを言う勇気はない。ましてや、角川さんが見ている前で。彼と一緒にカラオケ部屋から出ていくのは、彼女の神経を痛めつけるような物だ。(彼女の気持ちを知った上で)そんな行動に出るのは、腹黒女よりも腹黒い所業である。私は、そう言う人間にはなりたくなかった。「うんう、大丈夫だよ? 気にしないで? ただ」
そう言ったのが不味かった。「気にしないで」と言いきればいい筈が、余計な含みの「ただ」を加えてしまった。私は自分の愚行に苛立った事はもちろん、それで彼の興味を引かせてしまった事に「やってしまった」と思った。「本当に何でもない。何でもないから、その……」
早見君は、その言葉に首を傾げた。私の気持ちにまったく気づいていないらしい。角川さんが私に無言の圧力を掛けた時も、それに気づくどころか、反対に「そっか」と笑っていた。彼は自分の頬を掻いて、私に「ニコッ」と笑った。「それなら良かったよ。ともちゃん、なんかずっと暗いから。人に言えない事でも」
私は、その先を遮った。「ずっと暗い」の部分にも引っかかったが、それ以上に「ともちゃん」の呼び名が想定外だったからである。彼は確かに社交的な人間だったが、そう言う距離の詰め方は本当に意外だった。
私は彼の社交性に呆れて、その態度に苦笑いしたが……。彼がまた私に耳打ちした事で、その空気を忘れてしまった。彼は不安な顔で、角川さんの顔に目をやった。「角川さん、俺の事がやっぱり嫌いなのかな?」
それに目を見開いた。彼の口から「角川さん」が出た事も、そして、彼がその名前に赤くなっている事も。すべてがすべて、本当に予想外だったからである。私は彼の意外な本心、その内容に思わず驚いてしまった。「え?」
まさか? 早見君、角川さんの事が?
「『嫌いではない』と思うけど? 早見君」
「なに?」
「角川さんの事、好きなの?」
「分からない。でも、『すげぇ気になる』って言うか? あの子の事、いつも目で追っちゃうんだよね? 周りの奴等には、気づかれないようにしているだけど?」
私は、その話に苦笑いした。「へぇ」と驚く以上に「ほぇ?」と戸惑う気持ちが大きい。彼が私の反応に「笑うなよ?」と言った時も、それに「ご、ごめん」と謝ってしまった。
私は自分の頬を掻いて、角川さんの顔に目をやった。角川さんの顔はやはり、私と早見君のやりとりに強張っている。「たぶん、だけど。角川さんも、早見君の事が好きだよ?」
早見君は、その言葉に固まった。自分の想っていた人にまさか、自分が想われているなんて。意外と鈍い彼には、想わぬ情報だったらしい。
彼は「不安」と「期待」、「恐怖」と「歓喜」の表情を浮かべて、角川さんの顔に目をやった。角川さんの顔は、その視線に赤くなっている。「あれ、怒っているわけじゃないよね?」
違います。
「俺と川崎さんの事を見て、ジェラっている(※焼き餅を焼いている)わけじゃないよね?」
「嫉妬は、抱いているかもだけど。今の事を言えば、たぶん」
その態度をすっかり変えるだろう。想っている人に想われているのだから、その喜びは普通ではない筈だ。彼女特有の喜びを見せるに違いない。私は「自分への被害が抑えられる希望」を抱いて、彼に尤もらしいアドバイスを送った。「今度、告白してみたら?」
彼は、その言葉にうなずいた。少年らしい笑みを浮かべて。彼は角川さんの顔に目をやると、(恐らくは)優しげな顔で彼女に微笑んだ。「俺、頑張ってみるわ?」
私も、その言葉に「うん!」とうなずいた。私は彼の成功を祈って、今日のカラオケを楽しんだが……。それから数日後に「え?」と驚いてしまった。私は彼の居る校舎裏に行って、彼から告白の結果を聞いた。
「上手くは、行ったんだ?」
「うん、行ったよ? すげぇ行った。俺が角川さんに告ったら、すぐに『あたしも!』って返ってきた。本当、滅茶苦茶嬉しかったよ。ただ」
「なに?」
「彼女がその、照れ屋でさ? あんな見た目なのに『告られたのは、初めてなんだ』って。男子とも、これまで付き合った事がないらしいし。俺も女と付き合った事がないけど」
意外だ。早見君は、「そう言うのに慣れている」と思ったのに。人はどうも、見掛けによらないようだった。
「お願い!」
「ふぇ?」
「俺に女子との付き合いを教えてくれないか? 川崎さん、結構モテるタイプだし。そう言うのは結構、知っているでしょう?」
私は、その願いに戸惑った。私だって、男子と付き合った事はない。大上君との関係もあくまで、幼馴染みだ。相手に自分の心を見せられる、唯一の男子。小さい頃に一度だけキスした、唯一の男子である。そんな男子と関わっている私が、リア充乙の男子に恋愛を教えられるわけがない。私は彼のお願いに「ごめんね」と言いかけたが、ある妙案をふと思いついた。
「それなら」
「え!」
「予定が合えば、だけど。今度の日曜日」
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