第7話 不釣り合いな二人(武部side)

 。そう言われれば、それまでだが……。僕と彼女の関係は、正にそう言う関係だった。誰もが憧れる黒髪美少女と何処にでもいるような少年の組み合わせ。ラブコメ漫画のような二人。


 そんな僕達に対して、文句を言う人はたくさん居た。「お前のような奴がふざけるな」とか、「自分の立場を考えろ」とか。そう直接に言う人は少ないが、僕と彼女に向けられる視線、特に僕を睨む視線からは、そんな嫉妬や憤怒が感じられた。


 美人はイケメンと付きあうべきだし、不細工は童○を貫くべきである。そう言うのが苦手な僕には意味不明な理屈だが、恋愛至上主義者達にとっては、それが文字通りの不文律だった。

 

 不細工な人間は、遠目から美人を眺めていればいい。地味で目立たない僕は、その原理に不満を抱いたが、その一方で「それも正しいかも知れない」と思った。貧乏そうな人間が、豊かになるのはムカつく。底辺はずっと底辺でなければならないし、頂上はずっといただいていなければならない。


 だから、(不本意ではあったが)その理屈に従ってしまった。僕は彼女に事情を話して、「この距離感を改めようか?」と言った。だが、それが彼女には許せなかったらしい。僕としては彼女の立場を重んじたが、彼女としては「それ」がお節介だったのである。


 彼女は僕の意見を突っぱねて、僕に自分の意見をぶつけた。「そんな意見は、どうでもいい」と、そう声高に言いはった。彼女は周りの人間がどう言おうと、僕が自分にとって大事な人だし、「自分の本音が言える数少ない理解者だ!」と言った。「。結と過ごす、時間が好き。だから、今のままでいるの! 今のままで、ずっと過ごすの! それが私の望みだから」


 僕は、その主張に黙った。それは「恋」よりも怖い、「依存」の関係だったから。下手に断れば、「彼女が壊れる」と思った。僕は二人の関係を保つ意味で、彼女との間に「秘密」を作った。誰も入れない、二人だけの関係。「恋」や「愛」ではなく、依存の関係。


 僕達は「秘密」と言う壁を作って、そこに二人だけの世界を作った。互いの体温に触れて、その肌を確かめあった。僕達は恋の横道に逸れて、その堕落に幸福を覚えた。だがそれも、あまり長くは持たないらしい。歪んだ関係に溺れる僕達だが、それに割りこむ者が現れた。


 。そのムードメーカーが、僕の人生に入りこんできたのである。彼女は文美の事こそ知らないが、僕と文美が話している場面をたまたま見て、それから(周りの人間は気づいていないが)僕への接触、つまりは余計な好奇心を抱きはじめたのである。今日の朝に僕を誘った理由も、(その本意は分からないが)そこから来る興味関心のようだった。

 

 僕は「それ」が苦手で、彼女からの誘いは大体断った。「『ギャップ』って言うのかな? 学校では目立たない僕が、文美と話している事に。恋愛脳の女子が、『え?』って驚いたんだろう? 『あの二人って、付きあっているのかな?』ってさ? 小学生みたいな事を考えたのかも知れない。彼女は、そう言うのが好きそうだから」


 文美は、その話に眉を上げた。彼女も彼女で恋愛の話は好きな方だが、それとは違う違和感を覚えたらしい。僕が彼女に「どうしたの?」と訊いた時も、それに「う、うん」と返すだけで、肝心の答えは返さなかった。彼女は自分の紅茶を啜って、そのケーキも少しかじった。「?」

 

 今度は、僕が反応に困った。僕は、彼女の意図が分からずに「え?」と驚いてしまった。「どう言う事?」


  彼女は、その質問に目を落とした。遙か昔の、自分の経験を振りかえるように。「前にも似たような事があったから。『私と結が付きあっているのか?』って、そうクラスの女子に聞かれた事があったの。その子は……これも後で知ったけど、結の事が好きだったらしい」

 

 僕は、その話に目を見開いた。そんな話は、とても信じられない。クラスのイケメン男子なら分かるが、僕はこんな感じだ。相手との繋がりが長かったり、(失礼な言い方だが)相手が余程の物好きだったりしなければ、そう言う対象にすらならない筈である。


 不細工な男をわざわざ選ぶ筈がない。その女子もきっと、罰ゲームか何かで言わされただけである。僕はそう思って、文美の顔を見かえしたが……。文美の顔は、僕が思う以上に真剣だった。僕の言葉はおろか、その冗談すら通じない。挙げ句は、僕に「不安だよ」と言いはじめた。「結は、意外とモテるから。相手がすぐに『キュン』となるようなモテ方じゃないけど。その代わりにずっとはまれるような、沼みたいなモテかただから。一度好きになった最後、結のすべてが知りたくなる」

 

 僕は、その話に「ゾッ」とした。僕自身にそんな意識は、ないけれど。親友の女子からそう言われれば、嫌でも「そうかな?」と思ってしまった。僕は「それも彼女の思い込み」と思って、彼女に「大丈夫だよ」と言った。「僕はそう言う、漫画の主人公じゃないし。文美は漫画のヒロインみたいに可愛いけど、僕の方は至って普通だよ。小さい頃からの付きあいじゃなきゃ、とても接点なんて持てない。文美は、唯一無二の存在だから」

 

 そんなに悩む事はない。僕は、心からそう思った。彼女の親友として、彼女にそれを言ったのである。「君に代わる人なんて居ない」と、そう彼女に言ったが……。現実はどうも、僕が思うより複雑らしい。その時は「ニコッ」と笑った彼女だが、それからまた「ううん」と悩んでしまったからである。僕はいつも同じ場所、いつもと同じ注文で、彼女に自分の状況を話した。「どうしよう? 菊川さんが……」

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