第4話 幼馴染と人気者(川崎side)

 幻はやはり、幻。そう思いたかった私だが、どうも幻ではなかったようだ。大上君が私の事を迎えに来た朝、その大上君から「俺の家にも、武部が来たらしい」と言われたからである。大上君のお姉さんが「それ」を伝えた事で、大上君も「それ」を知ったからだった。私は「それ」に驚いて、彼の目を見つめた。彼の目も、私と同じくらいに驚いている。「どうして?」

 

 その答えは、「分からない」だった。大上君はどこか不安な顔で、自分の前に向きなおった。「姉さんの話では、智世を捜していたようだけど? アイツは、『お前の同級生だ』と言ったらしい」

 

 私はまた、彼の言葉に驚いた。武部なんて人は、私のクラスには居ないから。どんなに「落ちつこう」としても、その心を取り乱してしまった。私は不安な気持ちで、大上君の目を見かえした。彼にそう、助けを求めるように。彼の手を握っては、その肩に頭を乗せてしまったのである。私は彼の温もりを感じると、真剣な顔で自分の正面に向きなおった。



「向こうの世界?」

 

 それを聞いた瞬間に「しまった!」と思った。「向こう」なんて表現は、不味い。どう考えても、疑われる。「私の精神がおかしくなったのでは?」と、そう疑われるかもしれなかった。私の精神が疑われれば、彼に余計な心配を掛けてしまう。


 私の事を案じてくれるのは嬉しいが、それでも変に気遣われるのは嫌だった。私は得意の作り笑いを浮かべて、彼に「何でもないよ?」とうなずいた。「ただ、『そう言う世界もあるのかも』って。『武部』って言う人が」

 

 大上君は、その言葉に唸った。私の頭も離して、その顎を摘まんだ。彼は学校の優等生らしく、とても難しい顔で私の顔を見かえした。



「平行世界?」


「『パラレルワールド』って奴だ。もしもの世界が広がっている世界。武部がそこから来たのかは分からないが、とにかく『そう言う世界もある』って事だ。Aの結果が、Bになっている世界。『パラレルワールド』って言うのはつまり、可能性の世界なんだよ」


「ふ、ふうん」


 何だか、壮大な話だけど。やはり信じられない。そんなSFを信じるよりは、私の精神異常を信じる方がずっとまともだった。私の知らない世界が、そう簡単に現われる筈はない。私は「アレはやっぱり、私の勘違いだった」と思って、「武部」と言う人も「同じ学校の生徒だ」と思った。


 同じ学校の生徒が同級生を偽った方が、そんなオカルトよりもずっと普通である。彼はきっと(自分で言うのも何だが)、私に告ろうとした男子、あるいは、近づこうとした男子に違いない。私はそう考えて、大上君の手を握りかえした。「気にするのは、止めるよ。気にしても、仕方ないからね? 分からない事を考えても、仕方ない」


 大上君も、それに「ああ」とうなずいた。大上君は私の頭を撫でて、私に「クスッ」と微笑んだ。不器用の中に慈愛が潜んだ笑みを。「そいつの事は、とりあえず忘れるとして。今日も」


 そう言いかけた瞬間に黙る、大上君。大上君は真面目な顔で、学校の正門に目をやった。「面倒な一日が始まるな?」


 私は、その言葉に苦笑した。確かに面倒かも知れない。学校の勉強はもちろんだが、その人間関係も面倒だった。自分に向けられる悪意や嫉妬、それ等の視線が面倒だったのである。


 私はその忌まわしい記憶を思いだして、大上君の傍から離れた。大上君も「それ」に合わせて、私の傍から離れた。私達は自分達の属する世界、一人は地味な女の子の世界、もう一人は華やかな男の子の世界に別れた。「それじゃ、放課後に」

 

 私達の世界に戻ろう。少女が少女に戻れる世界に、そして、少年が少年に戻れる世界に。暗い時間を超えて、戻ろう。そこにはただ、私達しか居ない。私達は互いの目を見合って、それぞれの教室に向かった。


 少女は、一年一組に。

 

 少年は、一年三組に。

 

 そっと別れたのである。


 私達は、ではない。私は彼の背中を見送ると、今度は自分の教室に向かって、教室の中に入った。教室の中には、いつものクラスメイトが集まっている。明るいグループは派手な人を中心に、暗いグループは地味な人を中心に集まっていた。


 私は机の脇に鞄を掛けると、自分の友達が集まっているところ、「陰」と「陽」の真ん中辺りの人が固まっているグループに歩みよった。「おはよう」


  グループのみんなも、それに「おはよう」と返したが……。クラスの中心的人物、特に女子達から人気絶大の早見はやみ君から「おはよぉ!」と話しかけると、その表情を固まらせてしまった。グループのみんなは複雑な顔で、早見君の顔から視線を逸らした。「お、おはよう」

 

 早見君は、その声に喜んだ。自分の後ろで華やかグループが睨んでいる事も知らず、私達に笑顔を見せつづけたのである。早川君は私にも微笑んで、私の髪型を褒めはじめた。「川崎さん、その髪超良いよ! メッチャ可愛い!」

 

 私は、その言葉に苦笑した。お褒めの言葉は嬉しいが、華やか組に睨まれるのは怖い。本当は「ありがとう!」と喜ぶべきだが、今は「あ、ありがとう」と応えるしかなかった。私は不安混じりの顔で、自分の友達に視線を戻した。

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