第1章 それぞれのラブコメ

第3話 秘密の関係(武部side)

 川崎智世の正体。それは「僕の幻覚」と思ったが、どうやらそうではないようだ。僕が文美ちゃんの家に行った時、文美ちゃんから「電話の子は、誰?」とかれたからである。僕は彼女の質問に驚く一方で、「これも自分の幻覚である可能性」と「あれは、幻でなかった事実」を考えた。「し、知らないよ? と言うか、『電話の子』って誰?」


 文美ふみちゃんは、その言葉に怒った。僕としては普通の質問だったが、彼女には最悪の質問だったらしい。僕の「どうしたの?」を無視して、「プンプン」と怒っている。文美ちゃんは不機嫌そうな顔で、僕の顔を睨みつけた。「たけちゃんのスマホに出た、女の子。名前の方は、何だっけ? よく覚えてないけど、あたしと同じくらいだった。声の方も、可愛い感じで」


 たけちゃん! 彼女はそう、僕に怒鳴った。それに怯える僕を無視して。「本当に知らないの? 実は、あたしに嘘を付いて?」


 僕は、その疑問に首を振った。。学校では「優等生」で通っている彼女だが、その実はとても怒りっぽかった。僕が彼女以外の女子と話したり(普通の会話とかなら大丈夫だが)、一緒に居たりすると、それに何故か「ムスッ」として、僕に酷い言葉を浴びせるのだ。今だって、僕に「ふんっ」と怒っているし。僕の「どうしたの?」ですら、聞きながしている。彼女は僕の横腹を叩いて、その唇をそっと尖らせた。


「浮気者」


「え?」


!」


 そ、それは、いくらなんでも言いすぎなのでは? そう思った僕だが、彼女にはまったく通じなかった。彼女がそう言えば、そう。「女たらし」と言えば、女たらしなのである。僕は「自分の意思」とは関わりなく、彼女からその不名誉を賜ってしまった。「と、とにかく、そんな子は、知らない!」


 本当は、知っているかも知れないけど。ここは、「知らない」の方が良さそうだった。


「第一、 そんな時間に電話なんて」


「しているよ、ほら?」


 そう見せられたのは、スマホの着信履歴。あの日、あの時間、僕が向こうに行っていた(と思う)時間だった。僕は、その時間に息を飲んだ。それが伝える情報、その事実にも言葉を失った。僕は自分のスマホを出して、その通話履歴を確かめた。スマホの通話履歴には、彼女と話した記録が残っている。


「うそ」


「じゃないよ? たけちゃんは、その時間に」


「電話なんて掛けていない」


「掛けたよ」


「掛けてない!」


「掛けた!」


 彼女は、息を荒らげた。僕も、それに応えた。僕達は「今までの喧嘩」とは違う、鋭い言葉を飛ばしあった。「ごめん」


 そう謝った僕に彼女も「ごめん」と言いかえした。彼女は何度か深呼吸して、僕の目を見かえした。そうする事で、僕との距離を取りもどすように。


「言いすぎた」


「僕の方こそ、ついカッとなって。だけど!」


 そう言いかけた瞬間に「やっぱり、止めよう」と思った。(事の真実が何であれ)これ以上は、言い訳にしかならない。それならいっそう、彼女には「嘘を付こう」と思った。彼女が聞いても信じそうな嘘を「付こう」と思ったのである。


 僕は曖昧な部分を隠して、彼女に「事故だったんだよ」と言った。「たぶん、信じて貰えないだろうけど。アレは、本当に事故だったんだ。僕もよく分からない事故。彼女はたぶん、自分の状況を確かめようとして」

 

 文美ちゃんは、その嘘に眉を寄せた。恐らくは、これが「嘘だ」と気づいて。僕の嘘に「うんうん」とうなずいたのである。彼女は僕の目をしばらく見たが、やがて「フッ」と笑いだした。「まあ、いいや。今回は、そう言う事にしてあげる。アレは、『たけちゃんとは無関係だ』って」

 

 僕は、その言葉に「ホッ」とした。最後の部分は引っかかるが、それでも許してくれたなら良い。僕としても、「今回の事は忘れよう」と思った。僕は彼女の厚意に頭を下げたが、彼女の方は「それ」を許さなかった。僕の顔に伸ばされる手、それと共に塞がれる唇。彼女はいつもの習慣として、僕の唇を味わった。


 僕は、その感触に「ホッ」とした。このキスは、許しのキス。「キス魔」の彼女が、大好きなキスである。僕は彼女の唇を話して、その目をじっと見つめた。彼女の目は、僕とのキスに潤んでいる。「落ちついた?」

 

 その答えは、「うん」だった。彼女は美しい黒髪をなびかせて、僕の手を引っぱった。ご機嫌状態に戻った彼女が、いつもやっている事である。彼女はご機嫌な顔で僕の手を引きつづけたが、自分の周りに高校生達、特に同じ高校の生徒達が見えはじめると、僕の手をさっと放して、いつもの落ちついた顔、つまりは優等生の顔に戻った。僕もそれに合わせて、男子高校生の顔に戻った。彼女とはあまりに不釣り合いな、平凡な高校一年の男子生徒に。互いの合図に従って、仮の関係に戻ったのである。


 僕達はそれぞれに学校の校門を潜ると、校舎の中に入って、それぞれの教室に向かいはじめた。僕が手前の一組に、そして、彼女が奥の三組に。僕達は穏やかな顔で、互いの顔を見あった。「それじゃまた、帰りに。今日の放課後も、あのカフェに行こう?」

 

 そう囁いた彼女に僕も「うん」とうなずいた。僕は「ニコッ」と笑って、幼馴染の少女に手を振った。周りの人達には気づかれないよう、細心の注意を払って。

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