第142話

 ハヤトが前線基地に赴任?して数日が経過した。やはり本来の飼い主である俺と一緒に生活が出来るのはハヤトにとっても大変喜ばしい事なのだろう(主観)毎日生き生きとしている。しかし、どういうわけか、昼食をあまり食べていないようであったのだ。


 と、言うのも、日中俺は『新天地』で活動しているので、ハヤトの昼食は、あらかじめセットしていた自動餌やり機のエサを食べるように言っていたのだ。ところが仕事を終わらせて帰って見ると、その餌やり機の受け皿にドッグフードが残っていたのだ。


 生活環境の変化にストレスを感じ、それが食欲の不振につながったのか?いいや、夜はちゃんと食べているし、何よりもハヤトはいつも元気ハツラツだ。


 成長したことによって子犬時代の様な丸々とした体躯ではなくほっそりとした体つきに変化しているが、それは痩せているのではなく、どちらかと言えばアスリートの様な引き締まった肉体をしているような印象を受けていた。だから問題が無いと言えばそうであろうが、かと言って気にならないというわけでも無い。


 だから、愛犬家として先輩である犬飼さんに相談することにした。


「え?ハヤト君が昼食として用意したドッグフードをあまり食べていない?気にする必要はな……いや、もしかして檀上さんはご存じではなかったのですか?」


 と、逆に質問を返されてしまう。彼が知っていて俺が知らない事。もしかして、犬を飼う上で、何か重要な事でも見落としていたのだろうか……


「いえいえ、そんな難しい話ではないですよ。と言うか、ハヤト君はしっかりと昼食を食べていますので」


 と、人を安心させるような柔らかな口調で話してくれた。


「えっと…どういう意味ですか?」


「まぁ、私が知る限りではありますが、ハヤト君の一日のスケジュールをお伝えしておきましょうか」


 と、言い、俺が『新天地』に行った後のことのハヤトの様子を教えてくれた。俺の持つ記憶と合わせて、ハヤトの1日の流れを推理する。


 朝。俺を見送ったハヤトは、前線基地の見回りを始める。前線基地と言っても未だ舗装が済んでいない箇所も多々あり、つまるところそれは、前線基地のあらゆる場所に『トノサマンバッタ』が発生しているという事だ。


 ハヤトはこれを見つけて狩る仕事を毎朝こなしていた。勿論、ハヤトを放し飼いにすることは前線基地にいる全員の許可を得ているので問題は無い。何せ『新天地』に生息している強力なモンスター相手と毎日のように戦っているのだ。中型犬が基地内部を自由に徘徊していても気にも留めないだろう。


 そうして一仕事終えたハヤトは、仕事に対する報酬をもらうためある場所に向かう。そう、食堂だ。食堂の扉を足先で叩くと、すでにハヤトの昼食を用意した料理人がスタンバイしているらしい。


 犬飼さんが見た時は、前菜こそないが、カツオと昆布でしっかりとダシをとった汁フォンで、野菜の甘味が出るまでじっくりと煮込んだ冷製スープ。メインにモンスターの切り落とし肉を使ったサイコロステーキ。デザートに季節の果物が入ったフルーツヨーグルトが出されていたらしい。


 そりゃ、確かに俺が用意したドッグフードになんか目もくれないよな、と納得できた。


 閑話休題。


 そうして腹ごしらえをしたハヤトは前線基地から出て、人気のない場所に向かう。手の空いた職員がいるときはそこで気分転換がてらボール遊びやら追いかけっこなんかをして遊ぶらしいが、手の空いた職員がいないとハヤトは『スキル』の訓練をしているらしい。


 研究所の近くは人が多くて『スキル』の訓練もできなかったのだろう。周りに配慮の出来るいい子に育って嬉しく思う。


 メインは〈疾走〉の訓練らしい。まぁ、『スキル』を使って駆け回るのはとんでもないスピードが出るので、さぞ気持ちよく楽しい事だろう。手に入れたチカラを試してみたいと思うのは人も犬も変わりが無いのだ。


 そうして一通りの訓練を終えたハヤトは俺の仮設住宅に戻り、主の帰還を待ち、仲良く夕食を食べて一緒に就寝する———っと、ざっとこんなもんだろう。俺が当初思っていた以上に充実した一日を過ごしているな。


 思うところは色々とあるが、とりあえず食堂に行ってハヤトの昼食代を支払いに行った。が、やんわりと断られてしまう。理由としては、大した量と労力でもないし、こちらが好きでやっていることだから、とのことだ。……今度、何らかの形で謝礼をしようと思った。

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