第140話

 夜は寮にある大浴場を、久しぶりに堪能する。前線基地にもお風呂はあるが大きさはこちらの方が遥かに大きく、人も少ないのでその分より寛ぐことも出来た。


 そんな感じでヤギの面倒を見たり、一般公開され人が多く訪れているドワーフの展覧館などを見て回りながら楽しんでいると思いのほか時間が過ぎ去るのが早く、あっという間に休日の最終日を迎えてしまう。


 明日からはまた、命の危険の付きまとう『新天地』での仕事をすることとなっている。サラリーマンをしていたほどの憂鬱さは感じないが、職を変え、以前よりも充実した日々を過ごせていたとしても休暇の最終日と言う言葉はどうも好きに成れそうにない。


 そんな事を考えつつ、戻りは『前線基地』に商談に向かう、とある会社の役員さんが乗車する車に同乗させてもらうことなった。


 その会社は俺ですら何度も利用したことのある超大手飲食店の親会社である。当初は物資運搬用の車に同乗させてもらう予定であったので、予定が狂ったこともあるが、かなり緊張してしまう。


「すみません、送ってもらうことになってしまって」


「いえいえ。誘ったのは私のほうですので、むしろご迷惑をおかけしたのではないかと思っていたぐらいですよ。私としても前線基地で実際に働かれている方のお話を聞いてみたいと思っていましたので、この場を用意して下さった『協会』と檀上さんにはとても感謝しております」


 そう言って、感謝の言葉と共に頭を下げるお偉いさん。『実るほど頭が下がる稲穂かな』を地で行くような人だと思った。老紳士のような見た目であり、その言葉使いや立ち振る舞いに気品のような物が感じられる。こういった人との接点のない人生を歩んできた俺からすれば、彼が近くにいるだけでも少々落ちつかない。とりあえず「恐縮です」と言い、彼よりも深く頭を下げることで対抗した。


 お互いの自己紹介をした後は、しばらくは世間話に興じる。何気ない会話であっても、言葉の節々から教養のようなものを感じ取ることができ、改めて自分とは住む世界が人間なのだと実感した。


「檀上さんは、すでに『新天地』に生息するモンスターの肉を食べられたことがあるのですよね?」


 話しが彼の仕事に関わるような事案に移ると、それまでの物優しい雰囲気は一転。いかにも仕事が出来そうな、会社の重役に相応しいだけの凄みを放っていた。彼との会話は商談が目的でないので何とか応対することも出来るが、そうでなければ彼の放つ圧に押しつぶされて碌に会話が出来なかっただろう。


「はい。前線基地の役割の1つには、新しく発見されたモンスターから採取できる皮や牙などの素材を元に、商品開発?のような事も行われていますからね。可食可能なモンスターの肉は、前線基地で消費されることもあります。そのおこぼれに預かっている、というわけですね」


「なるほど…実際にモンスターの肉を食した檀上さんの、忌憚のないご意見を頂いてもよろしいですか?」


「前線基地で働かれている料理人の腕が良いのもあるのでしょうが、非常に美味しいものがたくさんあると感じましたね。……何か思うところでもあるのですか?」


 俺の答えに満足そうに頷いた後、何かを考え込む様な仕草を見せる。しかしすぐに最初の時のような穏やかな表情に戻り、俺の問いに答えてくれた。


「実は我が社では、これまでにない形態の店を開店する計画が立ち上がっています。それは『ダンジョン』、そして異世界の食材のみを使ったレストランを開くことです」


「面白そうな試みですね」


 そうは答えたが、彼が少しばかり言い淀んでいたことに違和感を覚えた。俺が同業他社の社員であるならば彼が言い淀んでいた理由も複数考えられるが、俺はどこの組織にも所属していない一般人だ。『協会』の人間も、それを証明したからこそ彼に俺を紹介したはずだし。


 もしくは俺の口がとんでもなく軽く、すぐにその知りえた情報をネットを使って世間様に拡散すると判断したのか…そこまで信用のなさそうな顔をしているのかな?俺って。


「…失礼、実はこういった『ダンジョン』に関連する情報は、会社内部でも厳重に管理されている状態でしてね。と、言うのも、依然として『ダンジョン』に関する、所謂反対勢力と言うのが存在しているのはご存じでしょうが、そう言った方からの妨害が無いとも限りませんので」


 なるほど、合点がいった。確かに『スタンピード』が発生して以降は、探索者に対し『殺戮者』や『虐殺者』なんてひどい言葉を投げかける市民団体は大きく力を落としてはいたが、力を落としているだけであって決してゼロにはなっておらずセンシティブな状態が続いている。


 モンスターの危険性をいくら説明しても一向に納得することは無い。なにせ彼らは『理性』ではなく『感情論』で否定しているからだ。『感情論』を振りかざす相手に、いくら言葉を重ねようとも相手を納得させることは不可能だ。


 そんな組織が、『ダンジョン』や異世界の食材のみを使ったレストランを開業しようとする動きがあることを知れば……妨害されることは目に見えているな。出鼻をくじかれる前に準備を進めある程度軌道に乗っていれば、後から妨害されようともいくらでもやりようはあるという事だ。


 俺に対し情報を言い淀んでいた理由は、万が一でも俺をそんな市民団体とのいざこざに巻き込んでしまうかもしれないと懸念してのことかもしれない。見た目通り、気配りの出来る方だと思った。

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