第139話

 只野さんと雑談がてら『新天地』の話題でひとしきり盛り上がる。


 彼も報告書などで『新天地』の情報を逐次手に入れることの出来る立場ではあるが、やはり俺の様な現地に行っている人から話を聞くのとでは受ける印象とかも違って見えてくると言っていた。


「やはり、『新天地』の調査において鬼門となるのは『ダンジョン』の入り口付近に縄張りを持つ、強力なモンスターの存在と言うことになりますね」


「ええ。その縄張りを持つ強力なモンスターを倒したとしても、翌日には同じ種族の別の個体がその場所に縄張りを張っている、なんてこともよくありますからね。アウラさんみたいな、調査よりもお金を稼ぐことが目的の人なら喜ばしい事ではあるみたいですが…調査の進捗速度が遅々として進まないのも、そういったモンスターの存在が原因の1つでしょうね」


 膝の上に乗ってきたハヤトの背中を撫でながら会話を続ける。俺の座っている来客用ソファーには猫もいるが、ハヤトもかなり大きくなってきているので猫相手にもビビらなくなっているのだろう。


 自分が見ていない間にも成長し立派になって喜ばしいという気持ちと、いつの間にか成長し置いていかれた様な気持ちにもなり一抹の寂しさも感じる、そんな複雑な感情になる。


「企業とすれば『新天地』の調査結果そのものよりも、これまでにないモンスターの素材の供給量が増える事の方が嬉しいでしょうね。最近発見された、『ジャイアント・フロッグ』とか言うカエルに似たモンスターの皮。防刃・防弾性能が非常に高いとかで、皮鎧の素材として申し分が無いとか」


『ジャイアント・フロッグ』その死体が前線基地に運び込まれて時、その現場に運よく遭遇したんだったな。体長4メートルを超えるカエルの死体なんて、両生類とか爬虫類が苦手な人が見れば泡を吹いて倒れるほどの衝撃があった。


 俺は別段苦手と言う事も無かったので興味本位で『ジャイアント・フロッグ』の死体に触らせてもらったのだが、その死体の皮の触り心地は分厚いゴム製のタイヤに触れたような感じであった。確かにあれなら、生半可の攻撃を防ぐことなど容易にできるだろう。


「そう言えば…『ジャイアント・フロッグ』の肉は鶏肉みたいな淡白な味がして、結構おいしかったですね」


「ええ、こちらにもその一部が送られてきたので私も食べさせてもらったのですが、確かに美味しかったです。ですが私は、『ワイルド・ボア』の方が好みですね」


 その味を思い出すかのように、斜め上を見上げる只野さん。流石に舌なめずりはしていなかったが。『ワイルド・ボア』の死体も、その毛皮が防具の素材になるとのことで高額で取引されることが予定されている。また、口の両脇から生えている立派な牙も武器に加工できるとかで、どこから聞きつけたのかドワーフの職人が直接買い付けに来ていた。


「そういえば『ワイルド・ボア』の肉とかは、すでに富裕層に向けての販売が開始されていると聞きましたが?」


「流石、お耳が早い。もしかして、前線基地では、そう言った話題でもちきりと言う事ですか?」


「一番の目的である『調査』の方はあまり進んでいませんからね。特にアウ…失礼、『新天地』を調査する事よりも、お金を稼ぐことの方に重点を置いている方も多いですから。そういった人たちは、お金に関する情報の収集には余念がありませんから」


「まぁ、モチベーションをあげる手段は人それぞれですからね。それで調査隊の方々の士気が上がるのであれば、良い事だと思いますよ」


 一頻り『新天地』で経験したことを話した後、そろそろお暇させてもらうことにした。その時に、これまで考えていたある案件について只野さんに伝える。


「ハヤト君を『前線基地』に連れていかれるのですか?」


「ええ。あちらでの生活にも慣れてきましたからね。ハヤトのお世話も問題なく出来ると思います。今までハヤトの面倒を見て下さり、ありがとうございました」


「いえいえ、前回も言ったと思いますが、ハヤト君には癒されていますので逆にこちらが感謝しているぐらいですよ。むしろハヤト君がいなくなった悲しみのストレスによって、仕事が手に付かなくなるい人が出やしないか、今から恐恐としてしまいますよ」


 最後の挨拶として、ハヤトと一緒に総務課の職員さん全員に挨拶をして回る。まぁ、最後と言っても、俺が調査隊の一員として前線基地で働く期間が終了するまでの短い間ではあるのだが。


 それでも、そんな短い間の別れとは言え心底残念そうにする職員さんの数が多く、ハヤトが総務課の皆さんの心を盗っていたことは俺としても非常に嬉しく感じた。

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