第138話

 相も変わらずふてぶてしい表情で草を食べている太郎と花子。『新天地』で自生していた草を適当に収穫し、それをお土産として渡したのだが感謝の言葉もない。そのくせ俺が離れようとするともの言いたげな視線を向けてくる。……仕方ない、後で黄色く熟れたトウモロコシを与えよう。覚えていたら、の話ではあるが。


 研究所に入り、見知っている職員さんと軽くあいさつをしながらハヤトが待つ総務課に足早に向かう。久しぶりの再会だ、何せ最後に会ったのは4日前だもんな。さぞ向こうも俺との再会を心待ちにしていることだろう。


 逸る気持ちを何とか抑えながら行き着いた総務課。そこにはまるで数年ぶりに再会したかのような、喜びの感情を体いっぱいで表現したハヤトが俺を出迎えてくれた。


「よ~し、よしよし。久しぶりだなハヤト。また少し、大きくなったんじゃないのか?」


 小さな子供が、久しぶりに会った親戚のおじさんから言われるようなセリフだなと思いつつ、ハヤトの頭を思いっきり撫でまわす。ハヤトが喜びの感情を爆発させ、右に左とせわしなく動いているので撫でにくくはあったが、それも含めて可愛いことこの上ない。


「お久しぶりですね、檀上さん。お怪我も無いようですし、安心しましたよ」


「お久しぶりです、只野さん。ハヤトのこととか、色々とありがとうございます」


「いえいえ、こちらもハヤト君にはいつも癒されていますので」


 毎度のことではあるのだが、今回もちゃんと感謝の言葉を伝えておく。只野さんに感謝しているのは事実だし、こういった気持ちをちゃんと相手に伝えることこそがコミュニケーションを円滑に進めるための要因の一つなのだ。


 ひとしきり動き回り、落ち着いたハヤトを連れ只野さんに案内された来客用のソファーに座る。手の空いていた職員さんがお茶を持ってきてくださり、ありがたくいただき喉を潤した。


「それにしても…結構数が増えましたね」


 来客…つまり俺が来たにも関わらずこちらを一瞥することもなく、我が物顔で来客用のソファーのド真ん中を占拠する『猫』を見る。ま、この程度なら可愛いものだと思いつつ、只野さんに質問を投げかけた。


 少し前からアニマルセラピーと言う名目で性格の良さそうな猫を総務課で面倒を見ようという話になったらしく、試験的な試みで何匹かを招き入れたところ、総務課が住み心地の良い場所であると他の猫たちにも知られてしまったのだろう。ほどなくして猫の世界にあると言われるニャンニャンネットワーク?かなんかで情報が共有されたらしく、総務課に住み着く猫が日増しに増えいったらしい。


 猫を招き入れたのもアニマルセラピーが目的であったのだが、想定以上の猫の来襲により仕事がままならない……と、まではいかないものの、少し邪魔かな?と思う程度にまで増えていったのだとか。


 そして一番の問題が、性格に難のある猫まで総務課に押し寄せてくるようになったことだ。


 多少撫でられるのが嫌いだとか、闘争心が強く他の猫とちょっとした喧嘩をするぐらいなら許容範囲内であった。しかし中には爪とぎ器があるにも関わらず来客用の高価なソファーで平気で爪を研ぐとか、まとめた資料に飲み物をこぼされるとか、精密機械に噛みつき壊したりするのは流石に業務に支障をきたすとかで総務課の職員さん達の頭を悩ませていたのだとか。


 おまけにそういったイタズラをする猫はズル賢いらしい。こちらが怒っていることを察知すると即座に逃げ出し、安全圏にまで避難する。そして碌に説教ができないままうやむやとなってしまうのだとか。


 アニマルセラピーによってストレスを解消するどころか、アニマルがストレスの原因となってしまうのだ。猫好きの只野さんは頭を必死に働かせた。このままでは総務課の職員が猫嫌いになってしまうのではないかと。


 そうして頭を働かせた只野さんは『ある方』に協力を仰いだ。それは猫達のまとめ役?である『ボス』であった。


 溺れる者は藁をもつかむ、とも言うが、只野さんも余程精神的に追い込まれていたのだろう。無駄に終わるだろうな…そんなことを思っていたらしいが、効果は覿面であった。


 相談をした翌日には普段から問題を起こす猫が姿を消し、温厚でおとなしい猫しか総務課に訪れなくなっていたのだ。


 その結果を受けて只野さんはいたく感激した。感謝の気持ちを伝えるため最高級の猫缶をもってボスに会いに行ったところ、ボスは逆に申し訳なさそうな顔をしてその最高級猫缶に口をつけなかったらしい。


 自分の監督不行き届きにより総務課に迷惑をかけてしまったことを気に病んだのだろう。只野さんがより一層ボスのファンとなったのは語るまでもない。

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