第135話

 俺の食事の量は、他の成人男性と比べても大差が無いだろう。それでも『ワイルド・ボア』は不思議とかなりの量を食べることが出来た。多分、1キロぐらいは食べることが出来たんじゃないかと思う。


 しかし、流石にこれ以上は食べられそうにない。まだまだ食べたいという欲に駆られるが、胃袋がこれ以上の肉を摂取することを拒否してしまっているのだ。そうなってしまっては、俺の意思だけではどうしようもない。


『ワイルド・ボア』のステーキを肴にビール(別途料金)を楽しんでいるドワーフ達を羨ましく思いながら、食した肉に圧迫されている胃袋の状況を少しでも改善するため、食堂から出て少しばかり運動をすることにした。


 食堂からの出たタイミングで、『新天地』に調査に出ていた調査隊のメンバーとすれ違う。彼らの今日の夕食もまた、俺達が持ち帰った『ワイルド・ボア』のステーキとなっている。


 その肉の味を知って感動し、俺達支援部隊に感謝するがいい!と、いかにも小物っぽいことを考えつつ、前線基地から少し離れた場所で『魔剣』を使った『スキル』の訓練を行うことにした。


 確かに、今回の俺はそれなりの働きをしたという自負はある。それでも、それを奢る気持ちに全くなれないのは、周りからの手厚いサポートがあったおかげだということも確信しているからだ。


 そもそもゴルグさんが『ワイルド・ボア』の注意を引きつけてくれなければ安全に距離を詰めることは出来なかっただろうし、他の支援部隊のメンバーが遠距離攻撃を仕掛けてくれなければ接近することすら難しかっただろう。


 また、『魔剣』による全力の攻撃を放った後も、結局は作田さんの手によって救われたわけだ。そんな状況にあって、自分の功績を誇る気持ちには到底なれなかった。


 悔しいが、ゴルグさんが俺の持つ『魔剣』を使い、『ワイルド・ボア』と戦った方がより安全に勝つことが出来たかもしれなかった一戦でもあった。高性能な武器を装備していても、それに見合った実力が無ければ宝の持ち腐れである。そうなってしまっては、この『魔剣』を作ってくださった職人さんに申し訳ないという気持ちが強い。


 と、いうわけで、この『魔剣』に恥じないだけの実力を持たなければならないと思い立ったわけだ。『新天地』の調査が進み、俺達の活動範囲が広がればモンスターとの戦闘回数は増えるはずだ。そうなれば自然と『格』は上がることになる。


 ならば、この安全な『ダンジョン』の中にいる間は『スキル』の習熟に勤めるべきだと判断した。『魔剣』の持つ強力な『スキル』を意識して、無心になって剣を振るった。






 1時間ほど訓練に費やし、適度に汗をかき、程よく疲労した体を癒すためもう一度シャワーを浴び直して自室に戻ることにした。その道中、紙の束を持ち足早に歩いている作田さんと遭遇する。


「おや、檀上さん。『スキル』の訓練ですか?」


「ええ、夕食の腹ごなしにちょっと動こうと思っていたのですが、思いのほか興が乗ってしまいまして。作田さんの方は…これからお仕事ですか?」


「ええ。今日の報告書を今のうちにまとめておこうかと思いましてね」


 昼間『ワイルド・ボア』相手にあれほどの大立回りを繰り広げたというのに、それが終われば次は事務仕事か。普通にすごいな、この人も。彼が俺達の部隊のリーダーを任されているのも納得がいくというものだ。


「そういえば『ワイルド・ボア』のステーキ、調査隊の人たちのからの評判はどうだったですか?」


「もちろん上々ですよ」


 俺が食堂から出るタイミングですれ違った調査隊の人たち。実力も高く、普段からそれに見合った食事を摂っているであろう彼ら彼女らも、あれほどの上質な肉を出されてしまえばぐぅの音も出無かったというわけだ。


「問題があったとすれば、『新天地』の調査初日。そんな大事な日の勲功第一位が、私たち支援部隊と言う事もあって、少しばかり悔しそうな表情をみせていましたね」


「そこは……まぁ、運が悪かったとしか言いようがないですね。少なくともこれで、俺達支援部隊が調査部隊の人たちに舐められるという事はなくなったんじゃないですか?」


「最初から舐められていたとも思えませんが…一目置かれる存在に成った、と言う事は間違いないでしょうね」


 そんな感じの他愛のない雑談をし、作田さんとは途中で別れて俺は大浴場に向かった。惜しむらくは、『スキル』の訓練に身が入りすぎたため、少しばかりの空腹感を覚えてしまった事だろう。何事もほどほどが一番だと思った。

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