第63話

 勢いよく殴りかかってきた子分その1。そこそこ喧嘩慣れはしているのだろうが、殴るときに思いっきり腕を振り上げるのはよろしくないな。そんな大きな隙を見逃すわけもなく、瞬時に間合いを詰め懐に入り込みアッパーカットで顎を殴りつける。


 脳が大きく揺らされたためフラフラと大きく体勢を崩し、その場にどさっと倒れこむ。それを見ていた子分その2とその3、そしてその親分であるギャル男。俺が事務仕事ばかりしているような、軟弱な人間ではない事にようやく気が付いたか。


 1人目を瞬時に無力化されたことで動揺した隙に、残りの子分2と3の間合いを詰めて腹に一発ずつ前蹴りをお見舞いする。…って危な!昼食に食べたであろう、消化途中の吐瀉物を寸でのところで躱す。ある意味、この瞬間こそが一番身の危険を感じた。


 お腹を押さえながら小さな呻き声をもらす子分を茫然と見つめ、いよいよもって自分の番になったことを悟ったと思われる親分が精いっぱい威勢を張りながら叫ぶ。


「て、てめぇ!探索者だったのか!一般人に手ぇ出して、ただで済むと思ってんのか!」


 探索者は一般人よりも身体能力が高く、また普段から暴力を生業とする職業柄暴行事件を起こしてしまった場合、一般人よりも罰則が厳しくなる傾向にある。しかしあくまでもそれは、その事件を発生させた非が探索者の側にある場合に限る。今回の場合の様な、明らかに過度な挑発行為や喧嘩を吹っかけられえた場合など、自衛のためであるなら一般人同様罪に問われることはない。その証拠とするために、わざわざドライブレコーダーの録画を開始したのだから。


 それにしてもこいつ、こういった知識はそれなりにあるみたいだな。自分の身を守るための知識の収集には余念がないみたいだが、いかんせん中途半端な知識しかない。結局のところ、半端な知識でいきっていても痛い目に合うのは自分自身であるということだ。その身をもって思い知ると良い。


 子分を置いて逃げ出したこいつの背に悠々と追いつき、片腕を首に巻き付けて気管を潰すように食い込ませ、もう片方の腕でしっかりホールドして締め上げる。俗にいう『チョークスリーパー』という奴だ。如何せん俺自身が素人であるため上手く気管を締め上げることが出来ず、なかなか落ちることが出来ずに苦痛に顔を歪ませている。


 そう、俺が素人だからなかなか落とすことが出来ないのだ。決して、そう決しておっさん呼ばわりだとか、オンボロの車と罵られたからとかで、その腹いせに長く苦しむようにしているわけではないのだ。


 肘鉄を俺に当て必死に逃れようとしているが、腰の入っていない攻撃など痛くもかゆくもない。仮に真正面から全力で攻撃を受けたとしても、こいつ程度の肉体能力では俺をひるませることすら不可能だ。次第に抵抗も弱まっていき、口から泡を吹いてついに動かなくなった。………失敗した、こいつの口からこぼれ出た泡が、俺の服の袖に付いてしまった。かなりばっちぃな。後で洗濯しなければ…いや、洗濯しても着たくないな。


 その頃になってようやく、誰かが通報したのだろうパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。


 パトカーから降りて来た警官が俺と、傍に倒れているギャル男達を交互に見てくる。どちらが被害者で、どちらが加害者なのか判断に迷っているといったところだろう。確かに、ハタから見れば一切の被害が無さそうな俺の方が加害者だと思われても仕方ないのかもしれない。服の袖に汚い泡が付いたけれども。


 通報したと思われる回転寿司の店員さんが警察官の元に行き、彼が見ていた情報を事細かに伝えている。彼の報告で俺が被害者で、ギャル男達が加害者であることが警官に伝わったのだろう。「災難でしたね」そんな表情をしながら警察官が俺に話しかけて来た。


 一応俺からも話を聞きたいとかで身分証明書、つまり免許書を見せた後軽く事情聴取される。店員さんから聞いた話と俺が語った内容に相違が無いことを確認し、俺のツレが『エルフ』であることに驚き、ギャル男達によってボコボコにされたボンネットの写真を撮られ、ギャル男たちのやったことの証拠の映像となるドライブレコーダーの提出をすることでとりあえず今日は帰っても良いと言われた。


 ギャル男達はその間、ずっと地面に倒れ伏していた。警察官が無線機で応援を呼ぶようだ。介抱された後も、簡単には解放されることは無いだろう。周りを見れば、警察官が来たことでそれなりの数の野次馬が集まっていた。『協会』から騒ぎを起こすなと言われていた気もするが、今回は間違いなく俺が被害者だ。注意されるにしてもそれほどきついものにはならないだろう。


 俺はエルフの2人を乗せたトラックを運転し、『ダンジョン』に向かう。雑談がてら、先程のやり取りについて聞いてみることにした。


「あれって、そんなヤバイ空気だったんですか?」


「…じゃれ合っているだけかと思った」


 とのことだった。彼女らからすれば、どうやら俺とギャル男達がそれほど険悪な空気には見えなかったという事だ。どうしてそのような認識の違いがあったのか考察し、一つの答えに行き着いた。


 彼女らからすれば、ペットである大型犬の散歩中に野良の子猫に絡まれたぐらいの感覚だったのだろう。子猫に絡まれたからと言って大型犬であるペットを心配することはない。何せ子猫がいくらじゃれつこうとも、大型犬を傷つけることは不可能であるからだ。


 確かに俺とギャル男達にはそれほどの戦闘力の差があっただろう。納得した。そして彼女らが、ギャル男に殴られた俺を心配する素振りすら見せなかったのはそれが原因だったのだ。


 当のエルフ本人が気にしていないのだ、『エルフ』との関係構築に神経をとがらせている『ダンジョン協会』はひとまずは安心するだろう。だからといって、今回騒ぎを起こしたギャル男達に慈悲を施すということは無いだろうが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る