第61話

「なるほど…このシャリという奴の酸味と、ネタという奴の魚の脂身が絶妙に絡み合うことで、こんなシンプルな料理でありながら複雑な味のハーモニーを生み出すというわけですか…実に面白い」


「…でも、ワサビは微妙。辛い」


「まぁ、俺も昔はワサビが苦手だったからな、気持ちはよく分かるよ。慣れてきたら挑戦してみるのもいいんじゃないのか?俺も今じゃワサビが無いと、どこか物足りなく感じるぐらいだし」


 2人を連れて来たのは、自宅から車で20分ほど離れた場所に位置する回転寿司屋さんだ。未だ夕方前と言っても差支えのないほどの早い時間帯であり、そんな半端な時間帯に食事を摂っている客は少ないだろうからと、あまり人目を気にすることなく安心して連れて来ることが出来た。


 しかし、やはり彼女らの容姿はどこに行っても目立つものだった。客と店員の数こそは少なかったが、店の中に入ると小さくないざわめきが起きていた。これが、休日の夕食の時間帯ともなれば……想像するだけでも恐ろしい。


 動揺しながらも俺達をテーブル席に案内してくれたアルバイト君も、案内をしながらもチラチラと振り返りエルフの2人を盗み見ていた。見られていた当の本人らは、初めて訪れた寿司店と言う事もあり周りをキョロキョロとしていて気が付いていなかったが。


 テーブル席に備え付けてあるタブレット端末の使い方を軽くレクチャーすると、ものの数分で使い方をマスターしすぐに自分たちで勝手に注文をし始めた。しっかりと皿の色の説明(値段)もしたんだがな、色に関係なく各々が興味のある皿を勝手に注文していく。大トロとかウニだとか、俺ですらめったに頼まないような皿が次々とテーブルに運ばれてきたときは軽く眩暈がしたほどだ。


 今の俺はそれなりに稼ぎがある。この程度の出費で困窮するほどお金には困っていないが、根っからの貧乏性なのだろう、先程から俺が注文しているのは赤身とかサーモンばかりだ。まぁ、本音を言えば、高級品よりもこういった物の方が口には合うのだ。


 1時間ほど食事に時間を費やし、ようやく2人とも満足したようだ。外を見れば少しばかり日が陰りだしている。積み重なった皿を見て少しばかり嘆息し、先に2人に店を出るように伝え会計を済ませる。金額は、少なくとも俺の平凡な人生において1度の食事で出費したこと無いような金額がレジに打ち出されていた。エルフのあんな細身な体の一体どこに、これだけの量の食事が入ったというのか。


 少しばかり愚痴りたい気持ちにもなったが、あの2人が仲間のエルフに「日本で食べた寿司という食べ物が美味しかった」と伝えてくれれば、それなりの宣伝効果となるだろう。今はまだ不安が残っているらしいがいずれは他のエルフたちも彼女らと同じように、ダンジョンから出て日本国内で活動することになるはずだ。


 その時に彼女たちが宣伝がそれなりの経済効果に繋がることになると思う。今の俺は『ダンジョン』の土地を貸しだすことでそれなりに収益を得ている。日本経済に少しでも貢献することで、その恩返しが出来れば…そう、つまりはこれは、大局を見据えた偉大な思惑もあるのだ!……と、若干、現実逃避のようなことを考えながら会計を済ませ、店の外に出た。


 2人の姿は……見つけた、が、よく分からん輩に絡まれていた。チャラい服装にチャラそうな言動。ありていに言えば、ギャル男、とでも言えばいいのだろうか。そんな見た目の4人組がアウラさん達に話しかけていたのだ。


「マジかよwwwエルフじゃんwwwってか本物?本物?」


「んなこたぁ、どうでもいいんだよ。どう?俺達一緒に来ない?俺達と楽しいことしない?」


 このやり取りを見た俺は、言葉では言い表せることの出来ないような強い恐怖を感じた。


 勿論、こんなギャル男達が怖くて恐怖を感じたのではない。確かに見た目はそれなりに筋肉質の、腕っぷしの強そうな見た目をしてはいる。しかし、動きからして武道を嗜んでいたりとか、『ダンジョン』に潜って『格』を上げているようにはまるで見えない。つまり上級探索者に片足の指の先っちょを突っ込んでいる俺からすれば、取るに足らない雑魚であるという事だ。


 では何に恐怖を感じたのかと言うと、『エルフという何かあれば確実に厄介ごとに巻き込まれそう対象を前に、己の本能を優先してナンパしている』という、どうしようのなくお頭が足りていなさそうな言動に対して、だ。


 回転寿司店内にいた時も、店内にいたほかの客もこちらの事を注目はしていたが声をかけてくることは一切なく、その気配すらなかった。店員も同様で必要以上に声を掛けてくるという事もなく、むしろ「厄介ごとに巻き込まれてはたまらん」と言わんばかりに、こちらを避けている様にすら見えたほどだ。


 間違いなく、そちらの方が正しい反応だろう。現段階で日本にいるエルフに何かあれば、トゥクルス共和国と交渉役として方々に手を回し、積極的に良好な関係構築に向けて活動している『ダンジョン協会』を敵に回すような行為だからだ。


 そして、今、目の前にいるこいつらは、そのようなことを微塵たりとも考えていないという事だ。これを恐れずして、一体何を恐れろというのだ。…ただ、まぁ、少しだけ感心はした。人間ってこんなにも多種多様な人がいるんだなぁって。でも、それは、感心って言うよりは、驚愕って感じだな。そんな事をぼんやりと考えながら、こいつらをどうしようかと、それなりに真剣に考えていた。

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