第60話
そうして迎えた管理作業初日。『ダンジョン』の入り口まで彼女らを迎えに行き、近くに停車していた3人乗りの2tトラックに乗車してもらった。彼女らの服装は、日本国内で売られているような、ごく一般的な作業着だ。恐らくは協会が用意してくれたものだろう。飾り気がなく華やかさとは無縁であるその服も、着ている人が良ければ今すぐにでもランウェイを歩けそうなほどに輝いて見えた。
俺もひと昔前までは普通免許しか持っていなかったが、山の管理作業では大きな物資を運ぶ時があるかもしれないからとこの半年ほどの期間で中型免許を取りに行っていたのだ。ちなみにトラックは中古車を購入した。免許をとったとは言え大きな車の運転にはあまり慣れていないからな。仮にどこかにぶつけて傷つけたとしても、元が中古車ならそれほど気に病まなくても済む。
『エルフ』の2人を乗せたまま県道に出て、今日の作業予定地近くまで移動する。彼女らは初めて乗った自動車に驚きつつもどこか嬉しそうにしていた。
「ようやく、ダンジョンの外に出ることが出来ました。おまけに、テレビで見た車にも乗ることが出来るなんて…!」
「テレビ…そういや、エルフ達の集合住宅にもテレビが備え付けられていたんだったな」
確か『エルフ』達に日本の歴史やら文化などを学んでもらうために、『協会』が予算を割いてエルフたちの住む共同住宅に1部屋に1台ずつ設置したんだったか。その上、娯楽施設には漫画や文庫本まであるらしい。そういった文字媒体の物は翻訳に時間がかかりそうなものではあるが、現に異なる言語を話しているにもかかわらずちゃんと会話が出来るので、翻訳には全く時間がかからなかったのも当然と言えば当然か。そして、『協会』その思惑は成功しているみたいだが…
「寿司…すき焼き…楽しみ……!」
余計な知識まで入手しているみたいだ。今のところ『エルフ』達の食事は『ダンジョン協会』の寮の食事を作っている料理人が同じものを作り提供しているそうだ。その為寿司のような高級外食や、すき焼きといった鍋物といった物は未だに食べたことが無いらしく、今回の外出を非常に楽しみにしていたのもそれが原因かもしれない。
残念ながらこんなド田舎にすき焼きの専門店などあろうはずもない。彼女らの頑張り次第では、今日の夕食は寿司にでもしようか。止まっている奴ではなく、回転している奴だけどな。これはお財布に相談した結果とかではなく、単に近くに回転寿司屋さんしかないためだ。そんな事を考えながら運転すること10分。目的地近くにまで来ることが出来た。ここから先は徒歩で山に登らなければならない。2人を下ろし、必要な道具を背負い山の中に入ってく。
「2人とも、足場が悪いから気を付けて……」
と、言ったはいいものの、しっかりとした足取りで俺の後を付いてきている。よく考えればこの2人、綺麗な見た目に反して軍人さんだったな。普段からそれなりの訓練を積んでいるのだろう。むしろ俺の方が足を引っ張らないか、そんなことを考えさせるほどの足取りを見せていた。そこでふと、疑問に思った事を聞いてみることにした。
「そういや、どうして2人はあそこの集合住宅で生活しているんだ?軍人さんなら国の防衛とか、そういった仕事は与えられていないのか?」
「一応、私たちは駐在武官の様な立ち位置で派遣されています。あの場所で働いている同胞の身の安全を守るという名目で派遣されてはいますが…ダンジョン協会さんの尽力もあって、私たちにしなければ無ない事と言うのがほとんどないのが現状でして。お恥ずかしながら、暇を持て余しています」
「賄賂が効いた…でも、ここまで暇になるのは予想外」
賄賂…不穏な言葉が聞こえたが、どうやら自分たちが湯川所長に渡した遺伝子データの対価としてもらったお金でインスタント食品などを大量に買い込み、それをお偉いさんに渡すことで駐在武官の地位を買い取ったのだとか。
お偉いさんも誰を派遣するか迷っていたらしく、どうせなら一度行ったことのある彼女らに任せた方が良いかもしれないとのことで意外にもあっさり決定されたらしい。決して賄賂が効いただけではないと思うが、仮にインスタント食品で買収できたのだとしたら、駐在武官というのは随分と安い役職なのだと思わずにはいられない。
ちなみに本国から給料はしっかりと出ているらしいが、そのほとんどを研究所にある売店などで消費してしまっているらしい。計画性が無いとも思うが、それだけ『エルフ』の方々に日本の商品が評価されているというのは素直に嬉しいと感じた。
そんな感じで常日頃から若干金欠気味であったため、俺の仕事の依頼を受けてくれたのだとか。仮に一般人の『エルフ』を雇い、面倒ごとに巻き込まれてしまえば…そう考えるとやはり軍人で腕が立ち、いざと言う時でも自衛するだけの力を十分に持つ彼女たちを雇うことが出来たのは俺としても運が良かったと思う。
草刈り機などの使い方などを軽くレクチャーし、今日の作業に取り掛かった。暑い中での作業はつらいが、相続した以上適当なことは出来ないからな。責任を持って山の管理をしなければ。それに人?を雇ったことで、俺個人の作業量は激減している。
実際、エルフの2人は黙々と作業に熱中し、生え放題になっていた草が見る見るうちに刈り取られていった。
1時間ほど作業をした後、休憩を取る様に伝える。2人共「この程度なら大丈夫、問題ない」とは言っていたが、俺が水分補給がしたいのだ。やはり、俺の方が足を引っ張っている気がする。とはいえ流石に2人を働かせた状態で自分1人だけで休息するわけにもいかないので適当な理由をつけて休んでもらった。
クーラーボックスに入れた、キンキンに冷えたスポーツドリンクを渡すと、これまた美味そうに飲み始めた。喉がカラカラであったためか、俺もいつも以上に美味いと感じた。
昼食は前日買っておいた総菜パンと菓子パンだ。すでに何度か食べたことがあるのだろう、2人とも若干残念そうな表情を見せたが、パン自体は美味しく頂いていた。まぁ、労働によって疲れた後だからな、体が大量のカロリーを欲していたのだろう。
そうして作業を進める事数時間。2人の頑張りもあって、かなりのハイペースで作業が進み今日の目標以上の成果が出たので、未だ日は高かったがこの日の仕事はここで終えることにした。喜べ2人とも、今日の夕食は回転寿司だ!俺も久しぶりなので楽しみだ!
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