第59話

『エルフ』が売り始めた野菜などは、日本の土壌に合わないらしく根付く様子は一切ないらしい。そういった環境的な問題が発生しないという安心感もあってか『エルフ』から野菜を購入するなどといった動きは妨害されることなく、少しずつ日本国側でも受け入れられていった。


 エルフ見たさに『ダンジョン』を訪れ、その記念に野菜などを購入して家に帰ってそれを食す。その味の良さを知ればもう一度食べたくなってもおかしくはない。それは実際に食した俺が保証できる。そうして今度は『エルフ』見たさでではなく、野菜食べたさに『ダンジョン』を訪れることになるかもしれない。


 もしくは、エルフの野菜を食べたことを友人や職場の同僚に自慢するかもしれない。その自慢話を聞いた人も多少なりとも興味を持つだろう。そうして人伝によっても少しずつではあるが確実にその評判を上げることに繋がっていく。


 着実にファンを増やしつつあるエルフの野菜などは、常に…と言うほどではないが徐々に品切れになる場面を見ることが多くなっていた。


『ダンジョン』内の道の整備が着実に進んでいることもあり、物流が滞っているとも思えない。アルベルトさんなら即座に販路を拡大し供給量を増やすのも難しい事ではないはずだ。ちょうど土地の賃貸借契約の打ち合わせに来たアルベルトさんに、それとなく聞いてみることにした。


「我らエルフが生産した野菜や果物が、貴方方人間が気にいるという事は事前の聞き取り調査で判明していました。後は売り方を一工夫すればと考えたのですよ」


 とのことだった。詳しく聞いてみると、最初の内はある程度供給量を絞ることで、エルフの野菜や果物に一種のブランドの様な印象を与えることにしたというわけだ。


 現在は研究所の売店の一角でのみの販売と言う事もあり、希少性からそのブランド化戦略にも拍車をかけている。エルフの産物にブランドとしてのイメージを持たせた後で、満を持して『エルフ』の物産店を開店するということらしい。


 日本人は限定品やブランドと言った言葉に弱いからな。店を開けばすぐにでも客は来るだろう。今までは入手の困難だった物の購入が容易になれば喜ばないはずがなく、財布の紐も緩くなってしまうのも必然だ。昔から欧米の物を神聖視している、まさしく日本人の心を突いた上手い販売戦略だと思った。


 何より恐ろしいのは、たった半年で日本人の心理まで調査したアルベルトさんの情報収集能力と情報精査能力だろう。彼はこの情報を『ダンジョン』の外に出ることなくこの販売方法を考案したのだ。無論、テレビの様な媒体があったとはいえ、即座に自身の販売戦略に組み入れた手腕は流石としか言えなかった。


 そして似たようなことを同席してくれた『ダンジョン協会』の職員さんも考えたのだろう、顔が引きつっていたのが横目でも確認できた。


 雑談を挟みながら何とか土地の賃貸借契約を締結して、アルベルトさん達が満足そうに帰国の途についていた。別れ際、「今回出店する店が成功すれば、再び契約を結びに来るかもしれない」みたいなことを言っていた。本音を言えば、彼を前にすれば緊張し委縮してしまうのであまり頻繁には会いたくないのだが、得意先ともなればそうもいかないだろう。


 代理人でも挟むべきだろうか。いや、アルベルトさんはかなりお偉い人なのに、わざわざ自分からこちら側に会いに来ていたのだ。にもかかわらず、ペーペーの俺が代理人を立てるのは不義理な気がする。ま、それほど会う機会があるとは思えないので、少しぐらい我慢することにするか。


 同席してくれた職員さんと今後の出店計画について軽く打ち合わせをした後、日もすっかり暮れていたので俺も久方ぶりに『ダンジョン』の外に出て自宅に帰る。


 最近は『ダンジョン』の中で様々な雑事をこなしていたため『ダンジョン』の外に出るのは本当に久方ぶりなのだ。もう少し頻繁に帰った方が良いとは思うが、やはり過ごしやすい気温である『ダンジョン』の中にいる時間の方がついつい長くなってしまうのだ。


 しかし、それでも『ダンジョン』から出なければならない時と言うのは存在する。何故なら最近放置しっぱなしになってしまっている、山の管理がおざなりになっているためだ。


 俺の『ダンジョン』に毎日のように通っているご近所さんの話だと、雑草は生えっぱなしでせっかく整備しておいた道も、新しく生えてきた草によって覆い尽くされてしまっているとのことだ。これ以上放置してしまうのは流石にマズイということで、明日からしばらくはそちらの方に精を出すことにしたというわけだ。


 しかし、流石に1人でこなすのは少し、いや、かなり大変な作業量になる。そこで人を雇うことにした。最近では色々と収入が増えているため、お金に余裕が出てきている。その為『ダンジョン協会』に誰かあてはないかと尋ねた所、それほど『ダンジョン』からそれほど離れないのであれば『エルフ』を雇ってみてはどうか?との返答があった。


 知り合いの『エルフ』に色々と聞いてみた所、アウラさんとライラさんの手が空いているということで、彼女たちを雇うことにした。


 明日はいよいよ彼女らを連れて山の管理をする日だ。今日は一度自宅に帰って草刈り機などの準備をしなくちゃいけなかったというわけだ。久方ぶりの猛暑の中、俺は額に汗を流しながら自宅へとえっちらおっちら帰っていった。

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