第55話

「…報告は以上となります。何か不明な点、もしくは意見などがありましたら遠慮なく申してください」


 部屋に設置された大型のスクリーンには、証拠の映像としてかとてもCGとは思えないほどのリアルなエルフの姿が映し出されている。この場にいるすべての人がすでに『エルフ』の存在を確信できるだけの情報を得ているにもかかわらず、わざわざそんな映像まで用意しておく彼女の几帳面さにこの場にいる誰もが感心していた。


 しかしその一方で、あまりの事の大きさにこれから来るであろう激動の時代に希望を抱くも、暗澹たる気持ちも抱えていた。


 何せ異世界人…『エルフ』との邂逅だ。加えてあちらの世界にはこちらの世界には存在しない未知の植物や鉱石が存在している。20年前、『ダンジョン』が世界中で発見られるようになった時に匹敵するほどの大事件だ。


 これまでは身の丈にあった経営で満足していた企業も、分不相応な夢を見てしまい不正に手を染めないという保証はどこにもない。それは実際に20年前にも起きていたことだ。この場には当時を知る者達もいるため当然の反応と言えるだろう。


「まさか例のダンジョンが異世界に繋がっていたとはな…もしかしたら他のダンジョンも別の世界に繋がっている、その可能性もあるということか?」


「現時点では何とも言えませんね。ただ、攻略難易度の低いダンジョンはすでに最下層まで探索が進んでいますが、そういった報告を受けたことが無いというのは皆さんご存じの事だと思いますが」


「で、あるか。どちらにしろ、件のダンジョンの価値がこれまで以上に上がるのは必然、というわけだ。この件に関しては引きつづき島津女史にまかせることにしよう。君も彼女のサポートを頼む。それと…檀上君、だったかな?彼の事も気にかけてやってくれ」


 彼の関係者の洗い出しはすでに終わらせている。元々がただの一般人と言う事もあり、そういった裏の人間との関りは皆無であったが、人と人との繋がりは複雑に絡み合っている。本人が意図していないような繋がりがあるかもしれない、今回の件で彼の人間関係を更に深堀りしなければならないのは仕方のない事であろう。


『ダンジョン協会』にもそういった事を専門に調査する機関は存在するが、『彼女』ほどの情報収集能力も対応力の高さを持ち合わせてはいない。いや、本来であるならそれでも十分ではあったが、今回の件に関しては進展が早すぎる為手が回りきらないという仕方ない部分もあるだろう。


「勿論です。引き続き、こちらでサポートさせてもらいます」


 一通りの報告を終えた頃、今度は『ダンジョン』に開発に関することに話が移る。


「ダンジョンの入り口の周辺にエルフの方々も利用できるような施設を建設する予定です。その人足としてエルフを雇い、そこでこちらの金銭を彼らに支払うことで我々との経済的なつながりを少しずつ強化していく予定です」


 無論、そのための土地の確保が必須となるわけだがそれは『ダンジョン』の所有者からすでに無償で譲渡するとの許可を得ていると付け加えておく。


 ひとまずはダンジョンの中にエルフの拠点を構えると決定したのは当然、不審者から『エルフ』の身柄を守るためである。『エルフ』は美男美女揃いだ。彼らを捕らえ人身売買をする…大がかりなものは簡単に摘発できるだろうが、少人数ならバレやしないと高を括る愚者が出ないとは限らないためだ。


 その点、ダンジョンの中にエルフ達の拠点を作るとなれば、仮にエルフが拘束されたとしても、ダンジョンの出入り口は一つしか存在しないため、そこを重点的に警備しておけば余程のことでもなければエルフが不当に地上に連れ出されるという可能性は無くなるというわけだ。


「新しい施設の開発に多額の予算が必要となることを考えれば、ここで彼に土地を無償で提供してもらえるのは非常にありがたい話ではあるな。やはり君の見立て通り、彼の人となりにはかなり好感が持てる」


「ですが、これ以上彼の好意に甘えるわけにも行きませんからね。何らかの形で恩を返しておかないと。我々にもダンジョン協会としてのプライドがありますから」


「違いない。君の方からも何か不都合がないか常日頃から気にかけておいてくれ。こちらがちゃんと気を使っていることを彼が分かっていれば、何かあったとき気軽に相談することが出来るだろう」


「分かりました」


 本人の預かり知らぬところで協会の有力者からの好感度を着実に稼いでいく。当事者からすれば大したことのないようなことでも、周りの人からすればそうではないという事もある。彼がそのことを知るのは、もう少し先に事になるだろう。

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