第53話

 いよい予定されていた会談の日になった。今までは互いに互いのことを知るために時間を費やしてきたが、今日からは本格的に国通しの何らかの取り決めをすることになるだろうとのことだ。


 とは言え、やはり俺にはこれと言ってすることもない。蚊帳の外という言葉がピッタリな現状ではあるが、俺に何かできるというものでもなし。当然ながらそこに不満は一切ないわけだ。昨日までと同じようにストーブの前に待機し、時折やって来る手の空いたエルフに飲み物を提供し雑談相手をしてきたわけだが、今日はいつもと違う人がやってきた。


「ウッス!久しぶりだな、檀上君!」


「弓取さん、槍木さん!お久しぶりですね!」


 別れた時と変わらず、元気な姿で2人が戻ってきた。それほど心配をしていたというわけではないが、慣れない異国?での生活はストレスを多く抱える人もいると聞く。ましてや彼らが言っていたのは外国ではなく異世界だ。それなりの苦労を感じていると思っていたが、見た感じはかなり元気そうであった。


「協会相手の交渉事、苦労をかけたな」


「全くだ。…いや、それはお互い様だな。アリサさんから色々と聞いている。そちらも大変だったみたいだな」


「まぁ、な。どこ行っても珍獣扱いだ。まさかコビトカバの気持ちが分かる日が来るとは思わなかった。それに…」


「それに?」


「渡されたインスタント食品やレトルト食品を作らされまくったんだ。まぁ、エルフ達に喜ばれたのは良いんだが、インスタント食品を作って渡しただけで、見るからにお偉いさんって風貌の人にものすごい感謝されたのは何とも居心地の悪いモノだったぜ…」


 確かにインスタント食品には作り方が書かれてはいるが、エルフ達には日本語を読むことが出来ない。と、いうわけで作り方の分かる弓取さんと槍木さんの協力が必要となったというわけだ。インスタント食品を作っただけでものすごく感謝される……確かに居心地の悪さを感じるかもしれない。


「でも、弓取さん達の頑張りもあって、かなりのお偉いさんがこの場所に来てくださいましたからね。ダンジョン協会のお偉方も、きっと感謝していると思いますよ」


「だと、良いんだがな。ま、それ以外には特に不満はなかったな。宿も国賓待遇でトゥクルス共和国の王城内に用意してもらったし、飯も美味ければ美人のメイドさんもつけてくれた。この1週間があっという間だったな」


「同感だ。むしろもう少し長く滞在しても良かったぐらいだ。エルフの歴史なども少しだけ齧らせてもらったが、人間とまるで違うもので興味深かった。時間があれば研究してみたいものだ」


 しばらくの間エルフの国で体験したことや学んだことを聞いていると、『ダンジョン協会』の職員さんが弓取さん達を呼びに来た。どうやら、実際にトゥクルス共和国に行った人の話を聞きたいとのことだ。2人が連れ去られた後、剣持さんと今後のことについて話すことにした。


「先ほどのダンジョン協会の職員さんの感じだと、今回俺達と一緒に来た職員さんの中からトゥクルス共和国に派遣される方もいるかもしれませんね」


「かもしれませんね。ま、あいつらが無事戻ってきた事が分かっているから、あまり身の危険とかは感じてはいないでしょうがね。それでも事前情報を知っているかいないかでは雲泥の差はあるでしょうから、あいつらへの聞き取りは入念なものになるでしょう」


 その予想通り、弓取さん達が戻って来る頃には昼食を終え夕食の時刻にまで差し掛かってきていた。そしてそんな長い時間聞き取りをされていたこともあり、2人は疲労困憊と言った様子で俺達の前に姿を現し用意していたウッドチェアにドカリと座った。


「ふぅ、ようやく終わった」


「お疲れさまです」


 そう言って、2人を労うように先程作ったコーヒーを渡す。どうやら俺が渡したコーヒーなどもすべてエルフ達に提供したらしく、久しぶりと言った感じで美味そうに飲んでいた。


「そういや、今日の夕食は何か知っているか?」


「今日は確か…唐揚げ定食と聞いた気がします。朝早くから、給仕係の方が鶏肉に下味をつけていましたから」


「おぉ!久しぶりの日本食だ。白銀に輝く米が懐かしいぜ…!」


 エルフの国で提供された食事はどれも美味しかったらしいが、やはり日本食は恋しかったらしい。その後、2人が夕食で出された白米を何杯もお代わりしていたことから、やはり日本人にとって米は切っては切り離せないものだと感じた。

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