第52話

 昨夜と同じように澄み渡る空の元、テントを張ることなく野外で直で寝袋で寝た日の翌日。


 予定では会談の日付はまだ先と言う事もあり、緊張した空気がこの場を満たすと言うこともなく、和気藹々とまではいかずとも軽い空気がこの場を満たしていた。


 それも昨日の夕食会のおかげだろう。実際、食後楽し気な笑い声や談笑する声が常に方々から聞こえており、会談がそれほど緊迫した状態で開催されることは無いだろうとは確信していた。


 昨日食べた田舎パンの残りを貰い、チーズを乗せて軽くトーストしたものを朝食として食べた。締めにほうじ茶を呑み、会談に向けて気合を入れる…がよく考えたら俺にすることは無いのだとこの時点になってようやく気が回った。


 一応、『ダンジョン協会』の職員方は天幕の周辺の警備を任されており、当時の警備の確認などをエルフとしている。…脅威になりそうな相手はいないのだが、こういったのは様式美が大切なのだろう。


 会談に直接参加しない予定の職員方も、エルフの事務官のような人と真剣な雰囲気で何らかの話し合いをしている。特に指示を受けていないという事は、先導役の俺の役目はこの場所に彼らを連れて来た時点で終わったという事なのだろう。


 こんな心地よい小春日和の中、暇すぎてお昼寝をしたい衝動にも駆られたが大事な会談が数日後に予定された現状を考えればそんなことできるはずもない。仕方ないので剣持さんとウッドストーブを囲んで雑談に興じることにした。


「弓取さんと槍木さん、そろそろこっちに向かっている頃ですかね?」


「アリサさんの話からするとそうみたいですね。会談の日までにはこちらに到着するということでしたからね。今もエルフに囲まれて楽しく過ごしているとか…考えただけでも腹が立つ」


「まぁまぁ。弓取さん達もそれなりの苦労があったかもしれませんよ?少なくとも、エルフのお偉方をこの場所に呼び込むだけの功績を打ち立てたことは、とても素晴らしい事だと思いますよ?」


「ええ、その通りです。彼らのおかげで、私たちは貴方方人間と言う種の事についてある程度知ることが出来ました。ユミトリ殿達は決して遊んでいただけではありませんよ」


 と、話に入ってきたのはアリサさんだ。自然な動作で俺と剣持さんの横に腰を下ろす。どうやら彼女もそれなりに時間に余裕があるみたいだ。俺のココアが入ったコップをじっと見つめている。同じものをさっと作って渡してあげた。


「これは…ココアですね。ユミトリ殿から頂いた物資の中にもありました。美味しいですよね、これ」


 そう言って旨そうに黙って飲み進める。しばらくはココアの味を堪能していたが、飲むことに夢中になるあまりか、半分ほど飲み進めたが一向に話し始める気配がみられなかったので、仕方ないので俺がきっかけを作ることにする。


「そういえば、昨日渡した贈答品、エルフの方々の評判はどうでした?」


「もちろん、上々でしたよ。閣下達も早速いくつかの袋を開けて中身を堪能していました。その為にわざわざここまで来た、そういった側面もありますからね」


 昨日渡した物資とは簡単に言えば俺達人間からエルフへのプレゼントだ。国通しの交流を円滑に進めるためにプレゼントを贈るというのは大切な外交の一つだろう。問題があるとすれば、相手…つまり『エルフ』が何を求めているのかが、ほとんど分からない状態であったという事だ。


 幸いにして、こちら側にアウラさん達というエルフの感性がよく分かる…というより当事者も来ていたが、彼女ら曰く「レトルト食品やらインスタント食品、お菓子なんかも捨てがたい」と言う、外交のプレゼントとして渡すのは少しばかり憚られるものばかり推挙されてしまった。


 とは言え他にエルフの情報源があるわけもない。俺達も、インスタント食品を他のエルフも美味しそうに食べていたと証言したことから、そういった食品を持っていけば少なくとも相手から残念がられることは無いと判断され、今回エルフ側へのプレゼントとして持ってくることになったというわけだ。


 そしてその贈答品はかなり喜ばれていたようだ。単価がかなり低額であるため、かなりの量を送ることが出来たのも良かったのかもしれない。すでにいくつかはここで消費されたが、多くは国元に送ったとのことだ。


 ちなみに俺達もエルフ側から色々な贈答品を頂いた。


 地球にはない未知の野菜やモンスターのお肉。何らかの工芸品と思われるものから見たこともないような鉱石や宝石類などといった多種多様なものであった。


 一番喜んでいたのは湯川所長であった。工芸品にはあまり興味を示してはいなかったが、野菜やお肉、鉱石類には大変な興味を抱いていた。…その理由は語るまでもないだろう。


 こちらもそのほとんどを『ダンジョン協会』の研究施設に送ることになった。きっと様々な研究に利用されることになるだろう。昨夜、湯川所長が小躍りしながらとても嬉し気に、聞いてもいないのに俺に説明してきた。

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