第50話

 翌朝、朝食のたっぷりのチーズと肉厚なベーコンを挟んだホットサンドとホットミルクをいただいた後、本日の予定の確認が島津さんからあった。


「午前中には森を抜け、会談の場所に到着する。その後は各自の予定に従って設営の準備に入ってくれ」


 とのことだった。その間も厚顔無恥を地で行く湯川所長はキーボードを叩き続けており、カチャカチャカチャ…ッターン!とうるさい音が響いていたが誰も注意をしなかったのは彼の人となりを知っていれば仕方のない事だろう。


 半端に注意してもそんなものを素直に受け入れる性格でもないし、強めに注意できるほど『所長』という役職は安いものではない。結局は彼の自由奔放な行動を止める手段は島津さんしかいないという事だ。


「キーボードを叩く音がうるさい!人が話しているときぐらい静かにできんのか、お前は!」


「ひゃい!申し訳ありません!」


 今回も軽く島津さんにド突かれる形で幕を閉じていた。そこからは島津さんの話をぱっと見は真面目に聞いて彼女の話をメモに取っている風を装ってはいたが、チラと見えたメモには島津さんが話した内容は一切書いておらず、全く別の事を書いていたのは湯川所長の真後ろにいた俺だけが知っていることだろう。…もしかしたら島津さんも知っているのかもしれないが、それ以上注意するのが面倒なので見逃してやっているだけなのかもしれないけれど。


 そうして慌ただしい朝の準備を終え、俺達は目的地に向けて移動を開始した。


 昨日と同様注意をしての移動ではあるが、昨日と同様これといった問題が発生する素振りすら見せずそのまま特に問題が発生しないまま昼前には森を抜け出すことが出来た。


 ここまで来れば後はもう一踏ん張り。今回森を抜け出した先の位置は、俺達が最初にここに訪れた場所と多少なりとも差が生じているらしかったが、一応目印となる物を設置しているためそれを探す。


 大体の目算を付けその場所に向かって進んでいくと…以前には見られなかった物が目に入ってきた。白い…大きな布の様な…少なくとも『ダンジョン』に元からある物ではなく、人工的に作られたものを人為的に設置したものであることは容易に見て取れた。


 それは俺達の後ろにいる『ダンジョン協会』の職員さんたちも同じこと思ったようだ。小さくないざわめきが起る。それでもなおその場所の方を注意深く観察していると、見たことのある人…ではなく『エルフ』がこちらに大きく手を振っているのが見えた。


「あれは…アリサさん…ですかね?」


「多分、そうだと思います。まさか先方の方が先に到着していたとは…会談の予定日は数日後のはずでしたが」


「まさか、予定日を間違えてしまったとか?」


「いえ、それは無いですよ。私も予定日がもう少し先だと、何度も確認されましたので!」


 と、俺達の会話に入ってきたアウラさんとライラさんだ。正面にばかり気を取られ、いつの間にか俺達のすぐ後ろまで接近していたことに気が付かなかった。彼女らが俺達の意見に賛同してくれたことにどこかほっとしつつも、何故『エルフ』達の方が先に来て会談の準備を進めていたのかは疑問に思った。


「多分ですけど待ちわびていた、とかじゃないですか?我々エルフは自国内ですべての生活必需品が供給できるので、必要以上に他国との交流をしない傾向にありますからね。他国…しかも人間との交流なんて我々エルフが楽しみにしないわけが無いのですよ」


 彼女達『エルフ』のいる世界は地表にも『モンスター』が跋扈しているようなけっこう危険な世界だ。比較的人の多い場所は『モンスター』の生息数は少ないものの、人気のない場所なんかはそこそこの数が生息しているらしい。


 そういった場所の一つが、国境地帯などの両国からも積極的には干渉しにくい場所である。いくら危険と判断されても、国が軍を率いて討伐に出てしまえば相手国から侵略行為と判断されかねないからだ。つまりそう言った場所は浄化されず危険なままであるという事。そうなってしまえば当然、そんな危険な場所を通過しなければならない、商人などによる国通し交流はどうしても小規模なものにならざるを得ないという事だ。


 仮にではあるが隣国から産出されるとある物資が、『エルフ』の生存には必要不可欠ともなれば国としても真剣にこの問題に取り組んだだろうが、先に彼女が述べたように自国内ですべての生活必需品が賄えるのであればわざわざ難しいか舵取りをしてまで、隣国との関係を密接にする必要は感じないということなのかもしれない。


 そしてこの度、アリサさん達の国に出現した『ダンジョン』の入り口は交通の便も良くお手軽で、そして彼女らの世界では幻の存在でもある『人間』との交流ともなれば、楽しみにせざるを得ないということも納得がいく話だと思った。

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