第49話

 流石に当日のうちに森を抜けるということは出来ず、森の中で1泊することになった。


 夕食は意外にも豪勢であった。島津さんの様な『ダンジョン協会』のお偉方、もしくは毛利さんの様な外部の人間にインスタント食品やらレトルト食品、カロリーバーの様なバランス栄養食を提供するのは憚られたということだろうか。


 ただ1つ言えることがあるとすれば、少なくとも『エルフ』の2人には先に述べた食品を提供しても機嫌を損なうということは無いという事だ。本日の夕食がインスタントのラーメンでないことを多少なりとも残念がっていたから間違いない。こちらのほうが豪勢な食事なんだがな。


 そんなことを考えながら用意されたクラムチャウダーにフランスパンを浸しながら食べた。クラムチャウダーも野菜の甘味とあさりの旨味がしっかりと出ていてとても美味いが、小麦の香ばしい匂いのするフランスパンと一緒に食べるとでその美味さを何倍にも引き上げてくれる。これが『マリアージュ』と言う奴なのか…!よくわからんけど。


 食後は夜番の順番を決めて早々に寝ることになった。ちなみに俺と剣持さんは最初。先導役と言う事もあり一番楽な順番にしてくれたようだ。


 キャンプ用のウッドストーブにその辺で拾い集めた木の枝を投げ入れながら周囲に気を配る。流石にまだ早い時間帯であり、設置したテントの中から人の起きている気配を感じ取ることが出来た。


 とは言え、後の夜番の為にすでに眠りに入っている人もいる。そんな人たちを起こさないように俺は小声で、同じく夜番をしている剣持さんに話しかけた。


「とりあえず、何事もなく1日が終わりそうですね。問題は明日以降になりそうですが」


「現地に着いたら、エルフの交渉人が来る前にある程度歓迎の準備をするみたいですからね。天幕の設置やら歓迎の宴の準備とか。檀上さんの言う通り、本当に忙しくなりそうなのは明日以降になるでしょうね」


『ダンジョン』の中は日中は小春日和であるが流石に夜ともなると多少は冷える。無論それは先の探索で承知の上であり、俺は防寒着とはいかないまでも夜間用に少し厚手の衣服を着こんでいた。


 それでも多少なりとも冷えることには変わりはないので、お湯を沸かしコーヒーを淹れた。幸い時間だけはたっぷりあるのでインスタントではなくドリップして作ったものだ。それを剣持さんに渡すと喜んで飲んでくれた。


 しばらくは2人してコーヒーの香しい香りを楽しみながら無言で飲み進める。


「おや?ずいぶんと沢山作りましたね」


「後の夜番の人にも飲んでもらおうと思いましてね、多めに作ったんです。ストーブの天板の上に置いておけば冷えませんからね。念のため、ドリップする器具なんかもストーブの傍に置いておきましょう。足りなくなったら夜番の人が自分で作って飲めるように」


「随分とお気遣いをするんですね」


 剣持さんが不思議そうにそう問いかけて来た。


「本音を言えば、これくらい気を使っておけばいざと言う時にも助けしてくれるだろうって言う下心もありますからね。でも、まぁ、一番の理由はダンジョンのおかげでそれなりに儲かってますからね。ダンジョン協会の職員さんに少しぐらい還元しておかないと申し訳ないかなって思うんですよ」


 しばらくの間剣持さんと雑談を交わした後、夜番の交代の職員が来た。コーヒーの件を伝えると大層喜んでくれた。そんな彼らと挨拶を交わしストーブからそれほど離れていない距離に移動し、就寝の為の寝袋を広げる。


 羽虫もいなければ雨が降る心配もない。おまけに周りには頼りになる腕利きの戦闘員もいる。そんな状況下で、わざわざテントを広げるのが面倒であったのだ。俺達と同じようにテントを広げず横着をしている職員も多くいるが、島津さんや毛利さんと言った女性のメンバーは流石テントを利用していた。


 俺は寝袋に入り木々の隙間から見える夜空を見上げた。空にはたくさんの星々が輝いている。ここが『ダンジョン』の中であることが嘘であるかのような美しい光景だ。


「前回も思った事ですが、ダンジョンの中で星が見えるとは…とても不思議な光景ですよね」


「確かドローンを使った調査では、一定以上の高度に達すると半透明な膜があってそれ以上、上に登ることが出来ないって話でしたよね。そうなるとあの星々は一体何なのか…湯川所長ではないですが、確かにダンジョンの中には不思議がいっぱいですよ」


「エルフとの交流によってその一端でもわかると良いんですが…」


「アウラさん達の話からすると、それは難しいでしょうね。エルフ達もダンジョンに関する知識は我々と大差が無いみたいでしたし。それでも何も成果が無いという事もないでしょうから、私たちの働きが全くの無駄になるという事は絶対にないと思いますよ」


 そんな何気ない会話をしていると、日中の移動の疲れからかすぐに眠気が襲ってきた。明日以降の大変な日が続きそうなので、その眠気に逆らうことなく夢の国に旅立つことにした。

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