第48話

「そう言えば檀上君はエルフ達が使う言語と我々が使う言語が、全く違うということに気が付いていたかね?」


 車を運転する俺に、助手席に座る湯川所長がそう話しかけてきた。目的地の場所を知っている俺が当然この団体の先頭を走っているわけだが、目的地までは直線距離で移動できるため迷うということは無く、少しぐらい雑談しても問題は無い。


「まぁ、なんとなくですが。明らかに口の動きと耳から入って来る言語が違いましたからね。日本語吹き替え版の洋画を見ているような…そんな感覚でした」


 気が付いたのは偶然だった。暇すぎて何となく彼女らの口の動きを眺めているときに、そのことに気が付いたのだ。一般人と同程度のスペックしか持たない俺でも気が付いたことだ、湯川所長や島津さんは当然のように知っていたことであろうからそのことを指摘されても驚きはしない。


「やっぱりそれも、ダンジョンの中と言う特殊な力場かなんかが関係しているんですかね?」


「恐らくはそうだろう。しかしダンジョンの中なら異国の言葉が分かるという、単純なものでもないようだ。実際、外国の人間を研究施設に招き会話をしてみた所、残念ながらその人物の話す外国語が日本語として聞き取ることは出来なかった」


「化石燃料を動力源として動く自動車の性能が低下したりとか、ダンジョンが発見されてそれなりの年月が経過していますがまだまだ分からないことがたくさんあるみたいですね」


「所詮、我々人間に分かることなどたかが知れているという事だ。せめて私が死ぬまでに、そのさわりだけでも理解することが出来ればいいんだがね…」


 随分と謙虚なことを言うものだと思った。この人の性格ならもっと傲慢な発言が出るものかと思っていたからだ。つまり彼の様な優秀な頭脳を持っている人でも『ダンジョン』というのは未知の存在であるという事を改めて理解させられた。


 そしてその解明に近づくことの出来そうな『エルフ』との会談は、彼にとっても重大なイベントであり、決して逃すことの出来ない出来事のはずだ。死にかけながらも泣き言一つ言わず大人しくついてきたのはそのためだろう。…ほとんど剣持さんに背負われていたけど。


 そんな重大なイベントを控えているためかいつになく上機嫌な湯川所長と話すこと1時間。ようやく森との境界にまで来ることが出来た。ここから先は徒歩での移動であるので、車から降りてトランクから自分達の荷物を取り出す。


「来るときも思った事ですが、湯川所長って手ぶらなんですね。他の職員の方に自分の荷物を持ってもらっているんですか?」


「おや、言ってなかったかね?私は〈収納〉の『スキル』を持っていてね。普段から自分の荷物はそこに入れているんだ」


「へぇ、随分と珍しい『スキル』をお持ちですね」


「まぁね。随分と高かったが、仕事以外の趣味が無いからね。貯金をすべて使い果たしたが後悔はしていないよ」


「高かった…って、『スキルオーブ』を購入されたんですか!?〈収納〉ほどの、超がつくほどの有用な『スキル』を買うだけの資産があるとは…研究職の方って、そんなに儲かるんですか?」


 思わず大声で答えてしまった。すると俺たちと同じように自分の荷物の準備していた島津さんから冷静なツッコミが入る。


「そいつが群を抜いて特別に優秀と言うだけの話さ。性格は真反対だがな。ダンジョン協会に所属する研究者の給料は、その功績に比例される。協会に就職して、たった数年でそれだけの金額を捻出できる奴などそうはいない」


 島津さんは〈収納〉の『スキル』は持っていない様だ。いや、持っていない方が大多数ではあるんだが。それでも比較的軽装なのは、俺達とは違い会談に必要な物資のみを持ち運ぶだけでよいためであろう。


 ちなみに俺と剣持さんの同行理由は道案内であるが、それなりの物資を持ち運ぶことになっている。と言うのも、そもそもこの場所にいる人数が少数であるからだ。会談に臨む人員を必要最低限に限ったのも、少しでも情報を漏洩するリスクを避けるためであろう。


『ダンジョン協会』、そして国のお偉方も現段階で『エルフ』という種族との会合を大々的に公表してしまえば、益よりも不利益の方が大きいと判断しての事だろう。そしてそのしわ寄せが俺達に来たわけだが、ことの重要性を理解しているため不満があるというわけでもない…わけでもないが、口には決して出さない。


 重い荷物を背負い、俺と剣持さんが再び先頭に立って進んでいく。


 強力なモンスターがいないことは先刻承知の上ではあるが、『スキル』の鍛錬を目的に〈索敵〉だけは発動しながら先行した。こういった小さな努力の積み重ねが大きな結果につながるのだと期待しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る