第34話
「反応との距離は?」
「5キロほど前方にいる。それにしても、これは…今までにない反応だ。いざとなれば森の中に逃げこまなきゃならん可能性もあるかもしれない。その時は、俺達が囮になるから檀上君はダンジョン協会に戻り、援軍を呼んできてくれ」
「良いんですか?機動力で言えば、俺よりも弓取さんや槍木さんの方が圧倒的に上ですよ?」
「一応、お前さんは俺達の護衛対象だからな。それに敵が強ければ普段から連携の取れている、こいつらと一緒の方が生存確率が高い。ま、どんな奴が来ようとも、お前さんが逃げるだけの時間を稼いでやるさ」
普段の言葉づかい同様軽い口調ではあったが、上級探索者としての威厳を感じることが出来た。とりあえず接敵まではまだ時間がありそうだったので、周囲を警戒しつつ靴ひもをきつく結び直す。下手をすれば夜通し走らなければならないかもしれないからだ。
ヒリつくような緊張を感じながら10分以上の時間が経過している。依然として俺の〈索敵〉に反応はない。つまり強力な反応を発する存在は未だ遠い地にいるという事だ。しかしなぜこれほど接敵に時間がかかるのだろうか。俺と同じような疑問を抱いたであろう、剣持さんが疑問を口にする。
「おい、敵が見えてこないんだが…もしかしたら、その強力な反応を発する存在とやらは俺達の存在に気が付いていないということか?」
「いや、それは無い。少しずつではあるが、着実にこちらに接近している」
「何故こんなにも時間がかかるんだ?……って、まさか!」
「当然だがこちらの存在を感知していて、俺達と同じように警戒しているということだろう。つまり俺に匹敵するだけの高い索敵能力があり、加えて並のモンスターと違い一定以上の知能が備わっているという事だ」
ゴブリンやコボルトの様な弱いモンスターは別として、中級探索者ですら飯のタネにしているオークやらオーガは肉体の基本的なスペックは人間と比べてもかなり高い。では何故そういった存在を狩り飯のタネに出来ているのかと言うと、人間は作戦を練ったり連携をするといった頭脳プレーが出来るからである。
つまりオークやらオーガが人間のように作戦を練り連携して敵と戦うようになってしまえば、恐らく探索者の被害は今とは比べ物にならないほど増加することになる。そして今接近しつつある反応は、こちらを警戒しつつ接近しているということ。つまり高い知性を有していることの裏付けであるわけだ。剣持さん達ですら緊張しているのはその為であろう。
反応のあった方角を真剣な面持ちでじっと見つめる弓取さんの表情が一瞬で変わる。目をカっと見開いて、いつものどこか余裕のある表所を浮かべていた時とは打って変わり、その心の動揺を隠すことなく俺達に見せた。
「そ…そんな…あれは…一体……!ありえな…いや、ありうる、そう、ありうるんだ……!今、俺の目の前で…起きているじゃないか……!!」
弓取さんの持つ〈遠目〉という『スキル』によって、俺達が視認できる距離よりもはるか遠くを見ることの出来る彼が、誰に聞かせるような感じでもなくそう呟いた。今まで数々のピンチを共に乗り越えて来た剣持さんや槍木さんですら、彼のそんな反応を見たのは今回が初めてであったのだろう。
「おい!何だ!何が見えたんだ!俺達は本当にこの場所で待機していっていいのか!?先に檀上さんだけでも逃がした方が良いんじゃないのか!?」
「俺達にもお前の見た情報を伝えろ!一体…何を見たと言うんだ!」
「先に逃がす?そんなもったいない事、俺には到底すすめることは出来ないな!きっと檀上君も同じことを思うだろう!なぁに、やっこさん達も俺達の事をスキルで視認したんだろう!直にここに来るさ!」
と、先程とは打って変わりいつものどこか余裕のある態度で、そう返答してきた。その態度の変わりように、弓取さんに何らかの『スキル』を使用されたのではないかと一瞬身構えてしまったが、こんな遠距離にいる相手に作用できる『スキル』があるとは思えない。
…いや、仮にあるのだとすれば、この場所はすでに相手の間合いの中であるということでもある。それはつまり、逃げ出すことが不可能であるという事だ。
そんな事を考えていると、ようやく俺の〈索敵〉にも反応があった。…確かにこれは、今までにない反応だ。その頃にはすでに剣持さんや槍木さんの『スキル』で視認できる位置にいたということだろう。弓取さんと同様、先ほどまであった警戒心が少しばかり薄れているように見えた。
それからもうしばらくして、ようやく俺でも視認できる距離までやってきた。その存在はゴブリンやオーガのように獣の皮の様な腰巻を腰に巻いただけのような野蛮な恰好ではなく、糸を紡いで編んだと思われる極めて文化的な衣装を身に纏っていた。それはつまり、相手も単に知性を持つだけでなく、集団で行動し、一定以上の社会性を有している存在であるという事だ。つまり交渉によって穏便に物事を解決できるかもしれない、そのことに安堵する。
そして顔が見える距離にまで接近してきたころになってようやく、彼女らが非常に美しい容姿をしていることに気が回った。絹の様な美しい金髪に白磁の様な滑らかな白い肌。無論それだけでも十分驚かされたがそれ以上に驚かされたのは、彼女らの耳が人間のモノよりも長くとがっているということだった。
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