第33話

 森の中を半日ほど進み、食事もかねて休息に入ることにした。ここに来るまでに遭遇したモンスターは最初に見かけたカメノコタヌキと平原にもいたトノサマンバッタ、そして空を飛んでいるカンコウトリという鳥型のモンスターのみであった。


 カンコウトリには集団で活動する習性はないようだった。また数もカメノコタヌキやトノサマンバッタほどいないらしく、見かける事も非常に稀であった。


 そんなわずかなチャンスを見逃さないのが上級探索たる所以でもあるのだろう。木々の隙間から飛び立とうとしたカンコウトリを速射で射抜いた弓取さんの実力は本物であると再認識させられた。


 すぐに倒されたこと、そして遭遇した数が少ないことから具体的な強さまでは分からず仕舞いであったが、ドロップアイテムを確認することは出来た。『魔石』と羽毛、そして鶏肉だ。


『ダンジョン』の中でドロップされた肉は可食であるのが定説だ。そのため今回の食休憩で、その味を確かめてみようということになったのだ。


 森の中と言う事もあり、ガスコンロは使わずにその辺りで拾い集めた枯れ木で焼いて食べることにした。比較的真っ直ぐな木の枝を串に加工し、肉を刺し火にかける。しばらくするとジュウジュウと肉の焼ける良い音と、香ばしい匂いが周囲を満たす。味付けはシンプルに岩塩のみだ。…残念ながら、それ以外に調味料を持ち合わせが無かったわけだが。


 それでも、外で食べる肉の味は格別なものになるだろう。そうでなければキャンプという娯楽が流行るはずも無いのだから。それに今から食べる肉は、俺達が世界で最初に食すであろう肉だ。そういった諸々の事情が最上のスパイスとなり、よりこの肉の味を引き立ててくれるだろう。


 肉は1体から2・300グラムほどドロップされる。それを4人で分けて食べるので1人当たりの量は微々たるもの。それでも楽しみなことに変わりはない。そうして焼きあがった肉を前に、食事を始めた。


「美味い…が、味は普通の鶏肉って感じかな」


「普通の鶏肉よりも、すこし硬い気もするが…」


「うーん、俺にはよく分からないですね。槍木さんはどうですか?」


 槍木さんはアイテムフェチの気があるためか、普段からドロップアイテムである肉を自費で購入し食べているらしい。ちなみに『ダンジョン』産の肉は、その希少性からあまり世に出回っていないのが現状である。加えて美味しいともなれば、庶民の口に入ることは滅多にない。彼にしか気づかないようなことがあるのかもしれないと、話を振ってみた。


「確かに美味い。他のダンジョン産の肉同様旨味成分は強いが、市販の鶏肉と大差が無いようにも感じるな」


 とのことだった。どこかで聞いた話だと、都内の大手のスーパーや有名レストランが専属の探索者を高値で雇い、『ダンジョン』産の肉を狩りに行かせているのだとか。食い物の為にそこまでする。正直、住む世界が違い過ぎて頭がついて行きそうにないと思った。もしかすると、比較的安全に『ダンジョン』産の肉を確保できる俺の『ダンジョン』の価値が相対的に上がった可能性も…あるかもしれないし、ないかもしれない。


 しかしそれらをすべて踏まえて考えれば、こうして『ダンジョン』産の肉を食べることが出来たと言う経験は非常に得難いものだと言えるだろう。俺もいつかは成功し、いずれは「このダンジョン産の肉、以前食べた物よりも旨味が強いな…」そんなかっこいいセリフを言ってみたいものだ。今は完全な夢物語ではあるが。


 十分すぎるほどの休息を取り、再び森の奥を進むことになった。






 森の中を進むこと丸1日。移動した距離は4・50キロぐらいか。そのぐらいの距離を歩いてようやく森を抜け出すことが出来た。しかし森を抜けた先にあったものは、森に入る前と同じような平原が続く辺鄙な場所であった。


「これは…森の中で迷って、いつの間にかもと来た道を辿ってしまった…可能性もあるのか?」


「それは無いかと。服部さんから事前に渡された無線機に反応がありません。もしいつの間にか来た道を戻っていたのだとしたら、電波が入り無線機が使えるようになっていたでしょうからね」


 ちなみに『ダンジョン』の中は独自の物理法則が働いており、無線機と言った通信機の性能も著しく低下する。そのため、それなりに近い位置にいなければ連絡手段が無い。それでも無線機を借り受けて持ってきたのは、本当に念のために、とのことであった。


「と、なると…やはりここは森の先にある場所というわけか。周りにいるモンスターはトノサマンバッタ。このダンジョンを観光地として売り出していく予定なら、その安全性がより高まったことに喜んで良い…と言うことですかね?」


「そうかもしれな……!総員、戦闘態勢を取れ!強力な反応を〈感知〉した!」


 弓取さんのその言葉を聞くと同時に、先ほどまで軽口を叩いていた剣持さん達の表情が一気に引き締まり、槍木さんが何らかの『スキル』を発動させたようで物々しい〈気〉を漂わせ始めた。とりあえず俺も場の空気に流されてか、武器を構え〈索敵〉を発動する。


 …残念ながら俺の〈索敵〉の『スキルレベル』ではその強力な反応とやらを感知することは出来なかった。多分俺の〈索敵〉の範囲外の位置に存在しているのだろう。先ほどまでのどこか楽し気な、浮ついた気分は一瞬で消え去ってしまった

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