第32話

 交代で見張りをしながら夜を明かす。『ダンジョン』の中で夜を明かしたのは今回が初めてであったが、これと言った問題も発生しなかった。自然豊かな場所でキャンプをしているような、極めて平穏な夜を過ごすことが出来た。


 トノサマンバッタの反応は常にあったが、トノサマンバッタは積極的に人間を攻撃してくるという習性は無い。蚊などの不快害虫ががいないこと、そして温暖な気候であることを考えれば、むしろそういった障害のある山中のキャンプよりも『ダンジョン』の中の方が快適であったかもしれないとさえ思ったほどだ。


 俺達は日が昇りきる前に朝食を済ませ、出発の準備を終わらせる。そして当初の目的であった、平原のその先にある森の中へと調査を開始した。


 木々が生い茂っている森の中。その中には平原と違い強力なモンスターの姿も……発見されなかった。見つけたのは、背中に亀の甲羅の様な物を背負った狸の様な姿をしたモンスターであった。こいつも人を襲う習性は無いらしい。俺達の姿を見るといきなり襲ってくることもなく、むしろそそくさと逃げ出してしまったほどだ。その過ぎ去っていこうとする背中にすかさず<鑑定>を発動する。




【 種 族 】 カメノコタヌキ


【 名 前 】 なし


【 スキル 】 〈硬化Lv1〉




「カメノコタヌキ…それがこいつの名称ですか。スキルは〈硬化Lv1〉のみ。はっきり言って雑魚ですね」


「そうみたいですね。トノサマンバッタ同様、こいつも新種ですか。写真を撮って記録して、後でダンジョン協会に報告することにしましょう。出来ればこいつの具体的な戦闘力とか甲羅の固さとか、何をドロップするのかの情報も記録しておきたいのですが…」


 俺の反応を窺うように問いかけてくる。剣持さん達は俺の護衛としてこの場所に同行している。護衛対象兼依頼主である俺の許可を求めているのだろう。


「モチロン構いませんよ。むしろ一つぐらい成果を持って帰らなければ、面目が立たないですからね」


 そこから1時間ほどかけてカメノコタヌキの情報を集めた。モンスター1体のデータを取るには短い時間であったのは、このカメノコタヌキが非常に弱かったこと、そして剣持さんの持つ『スキル』が優秀であったためであろう。


「……素早さは小動物と同程度はあり、相対的な強さはゴブリン未満ではあるが、スキルを発動したときの硬さはなかなかのものである。しかしスキルの発動中は移動することが出来ないため、スキルの発動が停止するのを待ってから攻撃を加えるのが良い…っと、こんなところですかね」


「お疲れさん。こういったデータを取るのは俺に向いてないからな。1人に全部任せるのは気が引けたが、ま、そこは適材適所という奴だ」


 と、軽口を叩く弓取さん。適材適所とは、剣持さんの持つ『スキル』のことを言っているのだろう。


「それにしても、さきほどの〈挑発〉というスキルでしたか?逃げ腰だったカメノコタヌキがいきなり殺意をむき出しにして襲い掛かってきて、びっくりしました」


「それがあいつの前衛として優秀な点の1つではあるな。あいつがモンスターのターゲットを自分に向けさせることで、俺の様な後衛が実力を十分に発揮できるんだからな」


 剣持さん達のパーティーは、自身の防御力を上げる『スキル』を持つタンクの役割を持つ剣持さん、弓による援護をする弓取さん、そして高い機動力と一撃の威力を上げる『スキル』を複数持つアタッカーの槍木というわけだ。


 槍木さんは現在、カメノコタヌキからドロップした『魔石』とドロップアイテムを拾い集めそれを興味深げに眺めている。アイテムフェチの気があるのだろうか、その眼差しは声をかけることを少しばかりはばかられるほど真剣な眼差しである。


「魔石の価値はゴブリン以下。ドロップしたアイテムは亀の甲羅の様な物。この甲羅がどのようなの効果を持つのか現状では不明ではあるが…1日移動に費やして、そこから得られるのがこれだけとなると…現金目的でカメノコタヌキを倒すのは少しばかり効率が悪いと言わざるを得んな」


「それでも、戦ってみた感じこいつはゴブリンよりも弱かったからな。それこそ初級以下の探索者なら、スキルの習熟を兼ねての遠征ならそれほど悪いモンスターではない、と言った具合だな」


 記録を終えた剣持さんが槍木さんの言葉にそう続けた。


「さ、そろそろ森の奥に行きましょうか。多分大丈夫だとは思いますが、警戒は怠らないようにしましょう」


 剣持さんの注意喚起は当然であると言えるが、森の中に入って一番最初に出会ったのがこんなにも弱い奴だと、少しばかり緊張感が欠けてしまうのも仕方のない事だろう。とは言えこの中で一番の弱者である俺がそんな雰囲気を漂わせるのも悪いので、表面上だけでも必死に気を張り詰めておくことにした。

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