第31話

「今回の調査では、ダンジョン入り口から出て真正面の方角にしようと思っています」


「真正面ですか、何か理由でも?」


「残念ながら何もありません。いずれは他方面も調査を進めていくことになるでしょうが、優先的に調査しなければならない方面があったというわけでもなかったので、服部さんに意見を求めました。すると、とりあえず正面からで良いのでは?と答えられたので、その言葉に従う事にしたんです」


「分かりました。今日中に遠方に見える森との境界まで移動することを考えると、そろそろ出発した方がよさそうですね」


 剣持さんの進言に従い、カップを片付け、調査に出るための準備を進めた。と言っても大まかな準備は前日に済ませているため、隣の部屋からカバンを持ってきて背負うだけではあるのだが。


 研究施設を出発し、正面方向に向けて調査を開始する。今日は平日であるが、入口付近にはそれなりの数の一般人が来ている。多くは退職し暇をもてあそぶご老人方であるが、中には若者の姿もある。『魔石』を獲得するためか、『格』を上げるためか。装備している武器が木製バットやテニスのラケットである事から判断すれば、探索者の資格で言うところの初級以下の者達であろう。


 そこから少し離れた場所には、それなりの装備に身を包んだ探索者の姿もある。彼らの目的は前者と違う。金銭や経験値が目的なら、この『ダンジョン』を訪れることは無い。安全ではあろうが効率が悪いからだ。


 では何をしているのかと言うと、獲得した『スキル』の習熟、もしくはパーティーの連携の訓練をしている者達だった。


『スキル』を地表で使うとその能力を大きく減退させてしまう。『スキル』を『ダンジョン』の中で使いこなす訓練をするというのは実戦と同じような感覚で訓練できるため、理に適っているわけだ。


 おまけに『スキル』は危険な力であるため、地表で使うには『ダンジョン協会』から許可を得た限られた場所でしなければならない。当然そんな場所は限られているため、『スキル』の訓練する探索者からすれば、俺の『ダンジョン』は、『スキル』の使用に制限がかけられていない、ありがたい練習場所であるというわけだ。


 念のためではあるが、『ダンジョン』の入り口近くでは『スキル』の使用は禁止させてもらっている。今のところそれを破るような人がいないのは、流石に『ダンジョン協会』の研究施設の真ん前で、『ダンジョン協会』に喧嘩を売るような行為をする愚か者はいないからだろう。


『ダンジョン』に訪れる人がこの調子で増えて行けばいずれは『ダンジョン』の中に研究施設に匹敵するほどの大きな訓練施設を建築し、そこで練習してもらうようになるのかもしれないな。


 そんな雑談を交わしながら移動する俺達一行。前回は俺が護衛対象だったということもあり、パーティーの真ん中で前と後ろを守られながらの移動であったが、今回はパーティーメンバーの一員と言う立場の参加と言う事もあり、訓練がてらちょくちょく前衛を務めながらの移動となった。


 これには俺の持つ『索敵』の『スキル』が関係している。もちろん、剣持さん達のパーティーに『索敵』と同系統の『スキル』を持つ人はいるが、『サポートスキル』とは言え、常時『スキル』を発動し続けるというのは熟練の探索者と言えどそれなりの負担となってしまう。


 その役目の一部をを俺が務める代わりに、今回彼らのパーティーを格安で雇うことが出来たというわけだ。…現状、平原にはトノサマンバッタしか確認されず、何をそんなに警戒しているのかと言う疑問もあるが、普段からこれほどの警戒心を抱いていなければ熟練の探索者にはなりえないということでもあるのかもしれない。


 半日ほど移動してようやく、森から1キロほど手前にまで来ることが出来た。今日はこの場所で夜営し、明日森の中の探索に突入する予定だ。森からの襲撃者が絶対にないとは言い切れないので念のため、森から少し離れた場所で拠点を構えることにしたというわけだ。


 持参したテントを張り夕食の準備に取り掛かる。と言っても剣持さん達の夕食は保存と栄養補給を目的としたカロリーバーであり、見るからにさもしい食事であった。食べ慣れているような雰囲気から、これが彼らの『ダンジョンの中』で食べる普段の食事なのだろう。


 そんな彼らの目の前で準備するのは少しばかり気が引けたが、彼らにもおすそ分けをすれば良いかと思いキャンプ用のガスコンロと鍋、そしてインスタントのラーメンと借り受けた『魔道具』を取り出し調理を始める。


「おや、檀上さんそれは…」


 剣持さんが俺の持つ水が1リットルほど入りそうなピッチャー型の魔道具を指して疑問を投げかけてくる。蓋に『魔石』をセットしていることから、普通のピッチャーでないことはすぐに理解したのだろう。


「服部さんから借りた受けた試作型の魔道具です。これに魔石をセットすれば『魔石』に内包されているエネルギーの分だけ水を作り出すことが出来るんです。これさえあれば、水が貴重なダンジョンの中でもこうしたあたたかい料理を楽しむことが出来ますよ」


 オリジナルの魔道具が『ダンジョン』の奥地で発見され、これはそのオリジナルのコピー品だ。性能は低下しているうえに、作成するには貴重な資源を必要としているとかで今の段階での量産は難しいらしい。


「それは…水の持ち運びに難儀する私たち探索者にとって、かなり有益な魔道具になりそうですね」


「先ほども言ったように試作品ですから、製品化するのはもう少し先になるようなことを言ってましたね。今回俺に持たせてくれたのも、製品化、そして量産化に向けてのデータを取るためだとか。皆さんもどうですか?ダンジョンの中で食べるインスタントのラーメン、きっとおいしいと思いますよ?」


「そう…ですね。ご相伴にあずかるとしましょうか。お前たちも…っと、聞く必要はなかったみたいだな」


 そうして俺が調理したインスタントのラーメンを全員で食べることになった。味は普段食べているものと全く同じはずなのに、いつもより美味しく感じたのは大自然に囲まれた中で食べているという環境のおかげであろう。…ここは『ダンジョン』の中だけど。

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