第35話

 大体5メートトルほど離れた位置で立ち止まった。両者共に近寄り過ぎては相手に警戒されるかもしれないと考えての事だろう。そして彼女らのリーダーと思しき人物が前に出てくる。恐らくは俺達と何らかのコミュニケーションを取ろうとしている様子だ。


「どう…しますか?どうやら彼女たちは私達と争う意思はなさそうですが…」


 剣持さんが小声で話しかけてきた。


「俺が最初に見つけたんだから俺が交渉をしよう!…と、良いたいところだが、残念ながらここは俺達の雇い主である檀上君にその栄誉を譲ろうと思う」


 予想外に弱気な発言をした弓取さん。ただ、その気持ちは分からないでもない。彼らは上級探索者とは言え数年前まではどこにでもいる一般人だ。彼女らの様なハリウッドの女優顔負けの容姿をしている存在を相手に、話しかけるのがはばかられるというのも納得できると言うものだ。…そのしわ寄せが、俺に来なければ文句は一切なかったが。


「い、いきなりそんな…」


「申し訳ありませんが、私もそれが良いかと。なぁに、美人さんとの会話を楽しむぐらいの心持でいればいいんじゃないですか?どうやら彼女たちもこちらと争う意思は無いようですし。それほど気負う必要はありませんよ」


 先程から一切しゃべろうとしない槍木さんまでうんうんと頷きながらも会話に耳を傾けている。どうやら俺が交渉人となるのは覆しようのない事実であるみたいだ。まぁ、没交渉になったとしても、俺を交渉人に選んだ剣持さん達にも責任を取ってもらえばいいか。どんな責任を取るのか疑問ではあるが。


 選ばれたからには全力を尽くそう。頬をパンパンと叩いて気合を入れ、ずいっと前に出て、出来るだけフレンドリーな感じを装いながら代表者らしき女性に語りかける。


「はじめまして、私は檀上といいます。初めに言っておきますが、私たちは貴方方と争う意思はありません。出来れば良好な関係を構築していきたいと思います」


 そこまで話して、ふと、彼女に日本語は通じるのかと言う根本的な疑問が頭をよぎったが、彼女から発せられた返答によってその疑問は頭から消え去った。


「ええ、はじめまして、ダンジョウさん。無論、私たちも必要以上の争いを望んではいません。良好な関係を構築できるのでしたら、こちらとしても望ましいと思います」


 良かった、とりあえず日本語は通じるみたいだ。まずは彼女たちは何者で、どうして俺の『ダンジョン』の中にいるのか、そこから聞かなければならないだろう。


 前提として、俺達が侵入してきた入口から入ってきたという可能性は間違いなくゼロだ。彼女たちほどの容姿の美女がいれば間違いなく騒ぎになるからな。俺達が侵入してきた入口以外にも別の入り口があり、そこから侵入してきたと考えるほうが自然だろう。…いや、もしかしたら、最初からここに住んでいるとかか?確かに出現するモンスターは脆弱だ。十分に住居可能な環境にある。


「私たちは、ある日突然現れた謎の洞窟を探索するために派遣された者達です。洞窟の中もこのような状況であり、私たちとしても何が起きているのかさっぱり分からないのです。貴方方は何か知っていたりは…しないようですね」


 俺のボケっとした顔を見て少し残念そうな表情で答えた。美人さんはどんな表情をしていても絵になるな…そんな事思いつつ、どうやら彼女たちも俺達と似たような状況に置かれているという事だけは判明した。となれば、こちらにも聞きたいことはたくさんある。美人に見つめられ喉が乾燥し緊張して言葉を発するのが少々困難であったが、気合を入れてこちらも質問をすることにする。


「派遣された、貴方はそうおっしゃいましたが、どなたが派遣されたのでしょうか?そして根本的な疑問として、貴方達がどういった人種なのかも興味があります。耳の形状などからして、我らと同じ『人間』には見えませんでしたので」


「人間…!やはり貴方方は人間でしたか!これは…大発見です!少なくとも…ここに入り、何の成果を得られなかった、その最悪の事態だけは避けられたようです!」


 …と、いきなり大声を上げたかと思うと突然トリップし、彼女の後ろにいる美人さんたちも興奮したようにコソコソと何かを話し始めた。そこに嫌悪感といった悪い感情は無いことに安堵し、どうやら彼女たちからすれば人間と言う種は非常に珍しいということだけは何となく理解することが出来た。


 そんな事を考えていたせいであろう、彼女がおもむろにこちらに接近してきたがその対応に遅れてしまう。敵対する意思を感じなかった為か、剣持さん達も俺を守ろうとはしなかったようだ。


 そして俺の顔やら体やらをペタペタと触りだす。恥ずかしさもあったがそれ以上に彼女が何をしているのかが気になった。


「あの…何をされているんですか?」


「も、申し訳ありません!私たちからすれば、人間とは物語にのみ登場する未知の種族!これに驚かないということはあり得ないのですよ!」


 と、饒舌に語り始めた。どうやら彼女たちの世界では人間とはファンタジーの世界の住民であるということだ。俺達からすれば、孫〇空やらナ〇トが突然目の前に現れたような感覚なのかもしれない。そう話しながらも、真剣な面持ちで俺の体を撫で繰り回す彼女の手を止めることが出来なかった。

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