第26話

 俺の渡したプランターを車に乗せ、『ダンジョン協会』の職員さんが急いだ様子で出発していった。それを見送る俺と服部さん。ふと気になったので、どこに運ぶのか聞いてみた。


「ダンジョン協会の保有する研究施設の一つでしょうね。もしダンジョンの中で野菜の生育期間が短くなるのでしたら、ダンジョンの存在意義がより高くなるでしょう」


「…ってことはもしかして、俺のダンジョンを一面を畑にして食料の一大生産地にするということですか?俺の…俺の駐車料収入はどうなるんですか!?」


「流石にダンジョンの中に大規模な畑を作り、そこで生産される食料を頼りにするという事は無いと思いますよ?比較的安全とは言えダンジョンはダンジョンですから。せいぜいこの地に建設される予定の研究施設の研究内容が増えたぐらいですかね」


「ほっ…いや、うーむ。そう言うことですか」


 当初の予定通り多くの一般人を招くことで駐車料金を徴収するという俺の目的は無事に達成できそうなことに安堵するが、依然として日本全体の食料自給率が低いという現実を踏まえて考えれば、この地を食料生産地にした方が良いという考え方も出来なくはない。


 そのため少しばかり言葉を濁しての発言だったわけだが、服部さんは俺の考えを読み取ったらしくクスクスと笑いながら言葉をつづけた。


「檀上さんがそのようなことを考えられなくてもよろしいと思いますよ?本来そのようなことを考えなければならないのは為政者の仕事ですから。一般人である檀上さんの所有物を取り上げるのは筋違いでしょうし、そのことに関して檀上さんが負い目を感じる必要はありませんよ」


 どこか申し訳ない気持ちもあるが、彼女の言い分も最もだ。しかし、収用といった合法的な方法で『ダンジョン』ではなく『ダンジョン』付近の土地を俺から強制的に買い取ることで、間接的に俺から「ダンジョン」を取り上げるという事もあるのではなかろうか。念のため服部さんに聞いてみる。


「その可能性が絶対にないとは言い切れませんが、それをダンジョン協会が許すとは思えませんね。このダンジョンの所有権は檀上さんにあるとダンジョン協会が認めました。その決定を脅かすようなことをすれば、それはダンジョン協会に喧嘩を売るということと同義ですから」


「ダンジョン協会に喧嘩を売ると…どうなるんですか?」


「具体的に言うのは憚られますが、1つ言えることがあるとすれば…ダンジョン協会は多くの企業と強い繋がりがあります。その企業と協力し、とてもひどい事が起こります、とだけ言っておきましょうか」


 ダンジョン協会とその提携関係にある企業がすべて国に反旗を翻せば恐ろしいことが起こる事は間違いないだろう。今や『ダンジョン』関連の経済的規模は毎年ウン兆円に及んでいると聞く。そんな巨大組織を敵に回したいと思う政治家はいないはずだ。政治家と言えど、企業相手に正面から喧嘩を売る事は出来ないという事だ。改めて『ダンジョン協会』という後ろ盾が俺にとって有益な存在なのか認識させられた。今後も仲良くやっていきたいと心底思う。


 そして翌日。倉庫に眠っていた別のプランターに自宅にある畑の土を入れた状態で『ダンジョン』の中に持ち込み、昨日と同じようにほうれん草の種を植えてみた。


 もし生育期間を短縮するための秘密が『ダンジョンの中だから』と言う理由であれば、このプランターも前日と同じよう数時間もすれば芽が出るはずだ。


 しかし短時間で芽が出ないのであれば生育期間が短くなった理由は『ダンジョンの土』にあるということになる。それなら『ダンジョン』の土を外に持ち出し畑に撒けば、『ダンジョン』の外でも生育期間を短くすることが出来るというわけだ。そしてどちらかの手段でも短縮しなければ、短縮には両方必要という事になる。


 幸い、研究施設を建築中と言う事もあり『ダンジョン』の中には大量の土砂が溜まっている。『ダンジョン協会』の職員は後でまとめて地表に出すつもりであったらしく、少し離れた場所に山のように積まれており、それを畑に撒けば…と、ここまで考えて、実験の結果が出ていない現状で、これ以上考えても意味はないと思い至った。


 そんな事を考えながら作業を進めていると、今日は服部さんではなく藤原さんが俺の様子を見学しに来た。昨日の出来事も聞いていたのだろう。さらっと説明しただけですべてを理解し、色々と手伝ってくれた。


「本当ならダンジョンの土と地表の土を混ぜた土でとか、途中まで生育した芽を地表に出しそこからの生育状況を確認とかしてみたいですけど…流石にそこまでするのは面倒ですからね。ダンジョン協会の学者さんに任せることにします」


「それが無難でしょうね。個人でできることには限度があるでしょうから。そういえば、檀上さんは年末年始はどこかに行かれるのですか?」


「親戚の集まりに行く予定です。ダンジョンの説明もありますからね。多少羨まれるかもしれませんが。…藤原さんの方はどうですか?」


「私は自宅に戻りますが、一部のダンジョン協会の職員は研究の為にこの地に残るそうですよ。何でもダンジョンの中での研究は色々と捗るらしく、家に帰る時間がもったいない!とか言っていました」


『スキル』によりものすごい速さで建築中である研究施設はすでに一部が完成しており、そこで『ダンジョン協会』の職員さんがやってきてすでに様々な研究に着手していた。


 食料を始め多くの生活必需品が持ちこまれており、付近では職員から発せられる声や機械の音が四六時中鳴り響いている。そこには無理やり研究させられているといった雰囲気は一切感じられず、趣味の延長の様な、どこか楽し気な雰囲気を感じることが出来るのは気のせいではないだろう。


「まぁ、彼らの気持ちも分からなくはないですがね。それに、ダンジョンの中の方が気候の面からしても地表よりも過ごしやすいですから」


『スキル』やら『モンスター』は、かつて彼らのプレーしていたであろう、RPGの様な世界観を体現したような存在である。そんな存在の研究が出来るということに、大きな喜びを感じる人たちが多くいるということだ。そんな人たちが進んでこの『ダンジョン』に来ているのだ。


 プランターの用意を終えたので、時間つぶしにそんな彼らの研究状況を見に行くことにした。『ダンジョン』解放後は関係者以外の立ち入り禁止になる予定であるほどの機密性の高い研究らしい。ちなみに俺は関係者と言うことらしく立ち入りを許可されている。まぁ、俺の素性は調べ尽くしているだろうからな、どんな研究をしているのか見たぐらいでは分からないだろうと判断されての事でもあるとは思うが。

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