第25話

年の瀬が近づき、人々が年末年始に向けての準備を慌ただしく行っている今日この頃。俺はいつものように『ダンジョン』の入り、スキルレベルの上昇と『スキル』の同時発動の訓練に精を出していた。


無論俺とてそこまで暇と言わけではない。ただ、『ダンジョン』の中が非常に温暖な気候であるため、家の中にいて暖房をつけるよりも『ダンジョン』の中にいた方が何かと居心地が良かったのだ。そのため『ダンジョン』にいる時間も自然と長くなる。しかし『ダンジョン』の中でできることなどたかが知れている。そんな感じで暇をつぶすため、戦闘訓練に励んでいたというわけだ。


もちろん、それだけではない。一人用のテントとガーデンチェアを持ち込み、テントの中で本を読んだりゲームをしたり、ガーデンチェアに座って研究施設の建築の様子をお茶を飲みながらのんびり眺めたりしてそれなりに充実した日々を過ごしていた。だが今日の俺はいつもと違う作業をしている。


「……おや?檀上さん、何をされているんですか?」


服部さんに話しかけられた。相変わらず『ダンジョン』の中で色々と雑務をされているようだが、不審な行動をとっている俺に気が付き声をかけて来たようだ。


「いえね、自宅にある畑で野菜を育ててみようと思っていたのですが、上手くいくかどうか少しばかり不安を感じましてね。そこで思ったのですよ、ダンジョンの中なら常に一定の気温なので比較的簡単に野菜が育つんじゃないかって」



少し前に掃除をした倉庫の中に、無造作に置かれた大量のプランターを発見したのだ。それを丁寧に洗い『ダンジョン』の中に持ち込んで野菜の生育の練習とすることにしたのだ。


「…よくそんなことを思いつきますね」


「はっはっは、褒めても何も出ませんよ」


土を入れた状態でプランターを運搬するのは重量があり大変そうだったので、土は『ダンジョン』の中の土を利用することにした。『ダンジョン』の土は素人目ではあるがそれほど悪い土ではなさそうだったのだ。同じく倉庫の中にあった肥料を一緒に蒔いておけば多分野菜は育つはずだ。


「それにダンジョンの中にはトノサマンバッタ以外に虫がいませんからね。ここなら完全無農薬で人にも環境にも優しい野菜作りが出来そうじゃないですか?まぁ、雨が降らないので毎日の水やりは大変そうですが」


そう口を動かしながらも、ちゃんと手を動かしており土を入れたプランターに野菜の種を植えて自宅から持ってきた水を撒いた。


「これでよし。後は毎日水をやっていれば大丈夫…なのかな?いかんせん野菜作りは初めてなので何とも言えないですね。経験者がいれば話を聞きたいところですが…服部さんは野菜を育てた経験はおありですか?」


「残念ながら。ちなみに何を植えられてのですか?」


「ほうれん草と綿花の種です。ほうれん草は地元のスーパーで何となく目についた種がこれだったので。綿花の種は、倉庫の中にあったのを見つけたので植えてみることにしたんです」


なぜ綿花の種が倉庫の中にあったのか分からないが、どうせ俺が使わなければ一生倉庫の中で眠っていたような種だ。この種もむしろ俺に見つけられ、植えられたことに感謝しているだろう。


服部さんが他の『ダンジョン協会』の職員に呼ばれこの場を離れる。俺も今日の仕事?を終えたのでテントから少し離れた場所で、日が暮れるまで『スキル』の訓練に励むことにした。






今日も充実した日を過ごすことが出来た。帰り支度をするためテントを設置している場所に戻ると、何やら深刻そうな顔をした服部さんと『ダンジョン協会』の職員さんがプランターの中を覗き込んでいた。


「おや、どうかしましたか?」


声を掛けると2人がこちらに振り替える。


「檀上さん…これを…見て頂けますか?」


その表情に何か嫌なものを感じざるを得ない。まさかトノサマンバッタに荒らされてしまったのか?そう思ったが…


「………?これと言って荒らされた形跡も…いや、これはもしかして…ホウレンソウの芽…ですか?」


よく見れば、かなりちっちゃいホウレンソウの芽らしきものがすでに土から顔を出していたのだ。これを植えたのはほんの数時間前であり、本来ならこんなに早く芽が出るはずがない。


「申し訳ありませんが檀上さん。このプランターを一つ頂いてもよろしいですか?詳しい検査をしたいので」


お願いをしているという口調ではあるが、否定することのできないような凄みを感じた。まぁ、プランターはいくつもあるので一つぐらい譲っても問題はない。何より、この成長したほうれん草が食べられるのか気にもなるからな。むしろ詳しい検査をしてもらえるなら、そちらの方がありがたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る