第27話

 研究施設の視察は大成功だった。得るものが何もなかった、という点以外は。要するに俺の頭脳では何を研究しているのか、説明されたにもかかわらず一切理解することが出来なかったというわけだ。そこに悔しいとか残念とかいう気持ちが一切湧かないほどチンプンカンプンな内容であり、質問をしようにも何を質問したらいいのか分からないほどの悲しい状態であった。


 説明してくれた職員さんたちに無駄な時間を費やさせてしまったわけだが、研究施設の建築の様子を間近で観察できたことだけは素直に楽しかった。人の手では持ち上げることが出来無さそうなほどの重厚そうな資材を軽々と持ち上げ、次々に組み立てられていくその様はまるでアニメやSF映画を見ているような気持ちにさせられた。


 これを動画配信とかすればそれなりに視聴数を稼げそうな気がする。むしろ配信しないことを勿体ないとさえ思えるほど楽しい光景だった。


 そしてそんな光景を見ていると思ったよりも早く時間が過ぎており、プランターの様子を確認する予定の時刻になっていた。急いで戻り、経過観察をする。


 …芽は出て……いないかった。やはり『ダンジョン』の中と言う環境ではなく、『ダンジョン』の土が生育を速めた原因か。いや、『ダンジョンの中』と言う環境と『ダンジョンの土』が合わさることによって引き起こされた結果なのか。


 すでに芽の出たプランターを地表に出して、その後の生育状況を確認できれば他にも分かる事があるだろうが、春野菜が冬真っただ中である寒い気候の今の地表に持ち出せば生育状況の確認以前に枯れてしまうだろう。これ以上の研究は『ダンジョン協会』に任せることにした。


 そして翌日。プランターに水を与えていると服部さんがやってきて声をかけてきた。


「おはようございます、檀上さん。そのプランター…もとい、ほうれん草の事でお話があります。…話せるほどのことがあるわけではありませんが」


 俺の渡したプランターはすぐに隣の県にある大きな研究施設へと運ばれた。そこで色々と研究がなされたわけだが……


「プランターの中のほうれん草は、翌日以降は普通のほうれん草と同じ成長速度を見せていました。この事から植物の成長速度を高めるには、ダンジョンの土だけでは不可能であると判明しました。そして檀上さんからの報告ですと、地表の土を入れたプランターのほうれん草もまた、通常の成長速度だと思われます。つまり植物の急速な成長に必要なのは、『ダンジョンの中』と言う環境と、『ダンジョンの土』という両方が必要であると思われます。そこから導き出された結果は…」


「結果は?」


「よく分からないとのことでした。ですが無理やりに予測すると…ダンジョンに備わっている、一種の自己修復機能が作用しているのではないか?とのことです」


『ダンジョンの自己修復機能』とは、『ダンジョン』には多少なりとも破壊されてしまうと『正常な状態』に戻ろうとする自己治癒する機能が備わっている。この機能があるため、探索者は入口から正規のルートを辿らないと『ダンジョン』の奥へと踏み込めない仕様になっているわけだ。そうでなければダイナマイトなどを使って壁を破壊し、奥地への最短ルートを作成したであろうと聞いたことがある。


 つまり俺が持ちこんだプランターも何故か『ダンジョン』の一部とみなされてしまい、そこに植えられた『種の状態』がいわゆる『正常な状態』ではないと『ダンジョン』に判断されてしまい、『正常な状態』、つまりほうれん草が生育した状態に直そうとする機能が働いてしまい、それが急速な成長につながったのではないか?とのことだった。


 突飛な発想であり、いささか疑念が多く残る考えだ。しかし現状ではそれ以外に考えようが無いのだ、と言うのが服部さんの意見である。まぁ、彼女も納得していないといった表情をしているので、今後の研究の課題とされるのだろう。


「ああ、それとですね。そのほうれん草は食しても問題は無いみたいですよ?急成長した以外はいったて普通のほうれん草みたいですから」


「そうなんですか?だったら食べてみようかな…ダンジョン産の野菜なんて食べるのは多分、俺が人類初になるでしょうね」


「それは間違いないでしょうね。もしかしたら、ダンジョン協会の歴史に名を残す可能性も…無きにしも非ずですね。…そんなことで名を残すのを良しとするかどうかは別にしてですが」


 初日に植えた、ほうれん草はまだ成長期の最中ではあったが十分可食するだけの大きさには成長している。ので、かなり早いが収穫し自宅へと持ち帰り、湯がいておひたしにして食べてみた。


 味は…普通のほうれん草だ。食費の節約と趣味を兼ねて、『ダンジョン』の中で野菜の栽培を継続していくのも悪くないかなと思った。

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