第23話

〈剣術〉に〈肉体強化〉を乗せ、降り降ろした全力の斬撃をさらりと受け流されてしまう。それまでは〈剣術〉の『スキル』のみで剣戟を繰り広げていたこともあり、今までの俺の動きに目が慣れたタイミングと言う事で急激な剣速の変化に反応が間に合わず…そう期待しての一撃はこれまでの攻撃同様、余裕のある動きで防がれてしまった。


 それでも諦めることなく第2第3の斬撃に打って出ようとした辺りで俺の持っていた木刀を弾き飛ばされてしまい、ひとまずはこの手合わせが終わりを告げた。


「こんな短期間にこれほど強くなろうとは、正直驚かされましたよ。特に最後の一撃は…スキルの同時発動ですね。お見事です」


 常に余裕のある表情をしていた人にそんなことを言われてもいまいち説得力に欠けるが、俺が強くなったと評した言葉には実感がこもっているような気がして素直に受け取ることにした。


「ありがとうございます。ですが藤原さんにこうも手も足も出ないんじゃ…少しばかり自身が無くなってしまいそうです」


「いやいや。私はダンジョンに挑戦してかれこれ20年ぐらい経っていますからね。スキルを獲得して数カ月の檀上さんに負ける様じゃ、こちらの立つ瀬が無くなってしまいますよ」


「20年…というと、もしかしてダンジョンが発見されたかなり早い段階からダンジョンに入っていたということですか?」


「ええ、当時の私は自衛隊に所属しており、最初期の調査隊の一員でした。そこで運よく生き残り、紆余曲折会って今はダンジョン協会に所属しています」


 今でも『ダンジョン協会』に所属する戦闘部隊には自衛官やら警官などの出身者が多くいるらしい。やはり『ダンジョン』で『格』を上げることが重視されているためであろう。人員が減ったことによってだろう、昔も今も隊員募集のテレビCMがお茶の間でよく流れていることをふと思い出した。


『ダンジョン協会』は警察や自衛隊などと協力関係を長く続けている。平時からそういった公的機関からの出向者を受け入れて、『ダンジョン』内で『格』を上げる作業を手伝うことによって両機関の関係を密にし、『ダンジョン』関連の緊急時にも連携を取りやすくするようにしているとか何とか聞いた気がする。


「あの頃は大地震のせいで諸外国も過度に日本に干渉する余裕が無く、領海内に外国の不審船などがあまり現れなかったのは僥倖でしたね。当時は常に物資不足に頭を悩まされており、本当にギリギリの状態でしたから」


 実感のこもったその呟きは過去を懐かしむ様な物ではなく、心の底から安堵しているような声色をしていた。それほどまでに当時は大変だったのだろう。それも当然と言えば当然か。地震による被害によって日本のみならず海外の国々も大きなダメージを受けたのだ。当然輸出入は途絶えてしまい、ただでさえ地下資源の乏しい日本は、資源やら食料不足に悩まされていたからだ。


 ちなみに俺は曾祖父がそれなりに大きな畑を所有していたこともあり、そこで作られた野菜やら山菜、鶏肉、ジビエなどをしょっちゅう送られてきていたとかでこれと言ってひもじい思いをしたとかは無かった。


 その畑も今ではあまり手入れがされておらず雑草が生え放題になっている。今の生活に慣れてきたら、畑仕事もやっておこうかと思った。


「今でも食料品などの輸入に関しても決して円滑ではない…そんな話をよく聞きますよね」


「どこの国も未だ地震による被害が色濃く残っていて、復興には小さくない国力を割かなければならない状態がどこの国でも続いていますからね。おまけにダンジョンの問題もあります。外貨を得るという意味なら、比較的余裕の出てきた日本に食料品などをを輸出してもらいたいところではありますが…」


「余裕のない国だと自国民を食べさせていくだけの量を生産するだけで手いっぱいですからね。津波による塩害の被害が残っている畑もたくさんあると聞きますし。それでもひと昔前までに比べると、食料品の値段が安くなったと感じますね」


 食料不足と言う危機を身をもって感じたためか、日本人が『もったいない精神』を改めて考え方が広まったという話も聞いたことがある。実際、震災前と比べると食料の廃棄量が大幅に減ったと聞いたこともあるぐらいだ。


 限りある資源を守るため、無駄な消費を避ける。出来るなら初めからやれよとも思うが、追い込まれないとできないのは人間としてのサガなのだろう。俺も人のことは言えないけど。それでもこうして目に見える形で顕在化することによって人々が無駄な消費を避けるようになったという事実だけは、間違いなく良かったことだと思う。


 リサイクルなどに関してもひと昔前よりも積極的にするような人が増えたし、衣服などに関しても少しぐらい破れても買い替えることなく繕って着る人が増えたという話も聞く。もちろん企業にしてみれば全体的な需要が低下したため、自社の商品が売れにくくなったという問題もあるだろう。そんな企業が目を付けたのが『ダンジョン』というわけだ。


 藤原さんを始め『ダンジョン協会』の戦闘員の多くが来ている服の布地は、見た目こそは俺の着ている頑丈なツナギに大差が無いが、それに使われている素材は『モンスター』の『ドロップアイテム』が使用されている。これによって作られた糸は炭素繊維以上の強度を持っているらしく、見た目以上の防御性能を有しているらしい。


 某衣料メーカーが『ダンジョン協会』と提携し、その衣服を無料で提供しているそうだ。そこから得られたデータを次なる商品開発に生かし、商品をよりよい物に改良していく。そうして出来上がった素晴らしい商品の噂を聞いた探索者がそれを購入するというわけだ。


『ダンジョン』の中で活躍する一流の探索者はこういった己の身を守る装備品に一切の手を抜かない。恐らく、国内外を問わず最も生産と消費を繰り返している職業は探索者だろう。そういった理由もあり多くの企業が『ダンジョン』に関する事業に大きな関心を寄せているのだ。

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