第22話

 久方ぶりに戻ってきた我が『ダンジョン』の前には未だ入場が開始していないにもかかわらず、そこそこの賑わいを見せていた。多くの割合を占めているのは『ダンジョン』内に建設予定である研究施設の建設に関わる人員であるのは服装から見て分かるが、明らかに私服、つまり一般人もそれなりの数が俺の『ダンジョン』の前に姿を見せ始めていたのだ。


 どうやらすでに『ダンジョン協会』からこの場所に新しい『ダンジョン』が発見されたとの広報があり、それを目に興味を持った人々が集まり始めたということだろう。多くは地元の住民だと思うが、こんな田舎に似つかわしくない見るからにパリピな雰囲気の人もちらほらと目についた。


 一応、一般人が入ってしまわないように『ダンジョン』の前には頑強そうなバリケードが設置されており、「この先は私有地、無断での立ち入りは禁止」との張り紙が貼ってある。そのうえで『ダンジョン協会』から派遣されたと思われる職員もバリケードの外側で立っており、万全な警備態勢が敷かれていた。


 そんな野次馬の様なような人々を横目に『ダンジョン』の中に入れることに高揚感を覚えるのは、自分の心根が小市民である証拠なのだろうと思った。自分でも小さいとは思いつつも、この性分は多分死ぬまで変わることは無いと思う。


『ダンジョン』に入るときも、バリケードの前にいる職員が顔見知りと言う事もあり、職員自ら人が1人が通れるほどにバリケードを開けてくれるという優遇っぷり。ほんの少しだけ、VIP感覚というものを味わうことが出来て満足することのできたひと時だった。


 そうして約2週間ぶりに訪れた我が『ダンジョン』も結構な様変わりをしていた。


 勿論、変化があるのは『ダンジョン協会』の研究施設が建設されている場所だけである。それでも入り口から見える風景には大きな違いに感じられるのは、その研究施設がいかに大きな建物であるかの証明である気がした。


 そんなことを考えながら茫然としていると、俺に忍び寄り1つの黒い影があった。いや、俺の『ダンジョン』の中は外の世界と時間が連動しており、昼間である今はサンサンと太陽の光が降り注いでいる時間帯だ。そんな時間帯かつ、こんな何もない平原に影が出来るわけもない。ということはつまり、その影の正体自体が黒い体色に覆われているという事だ。


「ワンッ!ワンッ!ワンッ!」


「久しぶりじゃないか、兄弟子!元気にしていたか?」


 この場所にいる体色が黒い生物は、俺の兄弟子、つまり黒柴のハヤテ君以外は考えられない。ハヤテ君も俺のことをちゃんと覚えてくれていたようで、俺に頭を撫でられると気持ちよさそうに目を細めていた。そしてハヤテ君が『ダンジョン』の中にいるという事は…


「お久しぶりです、檀上さん。お代わり無いよう…いや、それなりに強くなっているようで安心しました。特訓の成果が実を結んだようですね」


「どうも、お久しぶりです藤原さん。ま、それなりに死線を潜り抜けてきましたからね。兄弟子には負けていられませんよ」


 藤原さんと互いに近況を報告し合う。とは言え俺が報告できることなど上級探索者と一緒に『ダンジョン』に潜り『モンスター』を倒して己の『格』を上げたことぐらいだ。時間がたつにつれ藤原さんから『ダンジョン』に関する報告を聞くだけになっていた。


「ダンジョンの開放は早くて年明け。それまでに研究施設の資材だけでもダンジョンの中に搬入させておきたいということで、ひっきりなしに人が出入りしています」


 本来なら重機や大型トラックを用いなければならない資材の搬入は、〈収納〉という『スキル』を獲得している、『ダンジョン協会』に所属している職員を中心にかなり大規模に行われているそうだ。〈収納〉の『スキル』は読んで字の如く、その『スキル』の所有者のみが物を出し入れすることのできる異空間を作り出す『スキル』であり、スキルレベルに応じてその容量を大きくしていく。


 物流に大革命を起こしそうな『スキル』であるが、とても希少な『スキル』であり、革命を起こせそうなほど所有している人が少ないというのが最大にして唯一の欠点だろう。


 とは言えこの『スキル』が、万人が獲得できるポピュラーな『スキル』ではなかったことに安堵する声も多いと聞く。それも当然と言えるだろう。こんな便利な『スキル』犯罪にしようと思えばいくらでも使用法が思いつく。


 本人しか出し入れすることが出来ないのであれば、例えば犯罪となる証拠をその中に入れておけば現行犯でもなければ証拠不十分で犯罪者の検挙率などにも大きな影響を及ぼす可能性も考えられるのだ。他にも密輸や密造、危険物の取扱といった様々な利用法があるだろう。便利な『スキル』ほど、危険性が高いというわけだ。


 最後に、藤原さん曰く驚くほどに市民団体やら悪徳企業からの妨害が少なく楽が出来ているとのことだ。まぁ、こんな田舎だ。妨害に来るような人も移動が面倒なのだろうと思った。しばらく情報交換をした後、どれほど強くなったのかと手合わせをしてもらうことになった。多分負けるだろうけど、以前よりも良い勝負が出来る自信はある…いや、出来ると良いなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る