第21話

 探索者の階級は下級、中級、上級の3つに分かれているというのが世間一般的な常識である。しかし『日本ダンジョン協会』のごく一部の人間にのみ知らされているが、上級の更に上に特級探索者という階級が存在している。


 その数はわずか13名。全国に1000万人いる探索者の中のまさに選ばれし存在だ。


 ある者は探索者が不当に搾取されないために企業などに根回しなどして対応している者。ある者は『老い』すらも治療が出来るという強大な『魔力』を有し、その力を背景に財政界にすら強い発言力を持つ者。そしてある者は普段は『日本ダンジョン協会』の一職員としての籍を置いており、興味をひかれた仕事にのみ自身の強権を使って食い込んでその業務を楽しむ者。


 探索者と言う、一般人と隔絶した力をもつ存在の更に上を行く力を持つ彼らは、互いに互いを抑制し合うことで日本社会に必要以上に影響力を伸ばさないように己の力を制限している。そして今この場では、その特級探索者による会議が開かれていた。


「……報告は以上になります。何か質問等はありませんか?」


「新しく発見された、これまでと全く違った構造のダンジョンか。確かに興味をひかれるが…だったらなおの事、多少無理してでもダンジョン協会で管理した方が良かったんじゃないのか?」


「それは先ほど報告した通り、ダンジョン協会が力を持ち過ぎすぎるのは良くないという判断によるものです」


「僕もそう思うな。実際、某国ではダンジョンの利権のすべて国に委ねてしまった結果、それに反発した探索者によって暴動が起きたって話もあるぐらいだし」


 探索者という強い力を持つ存在が徒党を組み、権力者に対抗しようと行動を起こしたことによる事件の影響は、その暴動が起きて10年以上たった今でも色濃く残っていた。それまでの悪政もあっただろうが、政権がすべて交代するほどの変事が起きたことには変わりはない。


「でも、確かそれは、探索者に必要以上にノルマを課した結果だった…じゃなかったかしら?」


「その通りだ。しかし、日本ダンジョン協会もまた力を持ちすぎた結果、そのような強権を発動しない保証はどこにもないだろ。強すぎる権力と言うものはいずれ腐敗していく。そうならないよう力を付ける前から、ある程度は自制しておく必要があるだろう」


 それは探索者として強力な力を持っている彼らだからこそ出た言葉だろう。この場にいる特級探索者は強すぎる己の力に振り回されたことは1度や2度ではない。皆それなりに思うところはあり反対する声はなかった。


「では、そのダンジョンの管理は引き続きその檀上と言う人に今後も任せることにしよう」


「それが無難だと思われます。話してみた感じ人柄も悪くなさそうでしたし、こちらにとって不都合がある場合でもきちんと説明すれば理性的な行動をとってくださると思います」


「それがお前の〈第六感〉ってやつか?」


 彼女はその問いに答えず、発言をした人物を軽く睨みつける。他者の『スキル』の詮索はマナー違反であり、それはこの場にいる者たちのも適用される。これ以上の詮索を拒否するように次の話に移る。


「ですが当然、そんな人の善意に付け込もうとする輩もいますからね」


「おいおい、それは俺が企業側の手綱をしっかりと握れてないって言いたいのか?」


「そうでははありませんが…どこにでも悪いことを考えている人はいますからね。むしろ企業連合に属していない企業の方が、そういった傾向が強いでしょうからね」


「しかし君がこうして議題に上げたという事は…」


「ええ、すでにこちらで手を打っています。所詮は烏合の衆。まともな方法で大成することのできない企業に後れを取ることはありません」


 クスクスと笑う彼女を見たこの場にいた者達の多くが、その烏合の衆と呼ばれた者達に少なからず同情をした。彼女自身、正義を語るほどの善人でもないが悪人に対しての容赦のなさはこの場にいる多くの物が知っているからだ。


 探索者として大成出来る者は意外なことに比較的品行方正になる傾向がある。金持ち喧嘩せずとも言うが、実際は上に行けば行くほど己よりも強い存在、つまり特級探索者の様な圧倒的な超越者の存在を何らかの形で知ってしまい、自分たちも未だ弱者であるのだと理解させられるためである。要するに「この程度の力でイキるってダサくね?」ってやつだ。


 一番厄介なのは中途半端に力を付け、周りを見ようともせず、己の力に酔いしれ有頂天になっている連中だ。そんな連中が悪徳業者などと組み、小銭欲しさに弱者を食い物にしているという現実は確かに存在していた。


 今回の新しく発見された『ダンジョン』はまさにそんな組織からすれば格好の餌といえるだろう。そうならないために事前に行動を起こしていたというわけだ。話題に上がっている当の本人がこれと言った障害もなく順調に物事が進んでいるのはこういった、裏で動く人のおかげであることを知るのは当分先のことであろう。


「彼の事は引き続き君に任せることにしよう。人手が欲しい時は言ってくれ」


「分かりました。その時はよろしくお願いします。ですが…」


「私がこの件に関して、それなりに興味関心を持っていることが意外か?」


 彼はこのメンバーの中でもとりわけ強い力を有しており、実質的なリーダーとしての役回りを周囲から求められているほどの圧倒的な実力者だ。その為普段から己を律するような行動を心がけており、必要以上に世俗に干渉しようとはしない。しかしそんな彼が直々に協力を申し出たことに皆少なからず驚いていた。


「ダンジョンの中は、私達探索者にとっては命をやり取りする場所だ。そんな場所にいくら弱いモンスターしかポップしないとはいえ観光地を作り出そうとは…少なくとも私には思いつかなかったことだし、今後も思いつくことは無かったはずだ」


『ダンジョンは命のやり取りをする場所』そう彼は言ったが、彼が高難易度『ダンジョン』の下層にのみ出現する、体長50メートルを優に超えるドラゴンと真正面から殴り合い、無傷で勝利する姿を見たことのあることここにいるメンバーからすれば、若干首を傾げざるを得なかっただろう。


「なるほど。だから興味をもった、そういうことですか」


「ダンジョン協会は設立から20年ほどが経ち、その勢いを日増しに強めてはいるが昔ほどその勢いが強いというわけではないからな。もしかしたら彼の様な、これまでの常識を持たない新しい人材がこれからの時代を築いてくれるのかもしない。私はそれに期待をしたいのだよ」


 そう言って、はにかんだ彼の口から除く白い歯を見たここにいるメンバーは、その檀上と言う人が面倒な人に目を付けられたな…そんなことを考え、話に出て来た檀上と言う人物に少なからず同情していた。

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