第14話

『ダンジョン』の中に入ると見慣れない黒柴がいた。狼に最も近い遺伝子を持つと言われるその威風堂々とした立ち振る舞いは見る者を感嘆させる…と言うこともなく、女性職員にチヤホヤされて皆に笑顔を振りまいていた。


「服部さん、あの犬は何ですか?」


「研究の一端です。今までは格を上げることが出来たのは人間のみでしたが、もしかしたら動物も可能かもしれないと話が出てきまして」


『ダンジョン』には危険がつきものだ。武装した人間ですら命を落とすことがある。そんな場所に、運動能力が高いとはいえ生身の動物を連れて入るのは不安が残る。しかし俺の『ダンジョン』なら、少なくとも入口付近にポップするのはトノサマンバッタだけだ。小型犬であっても殺されることは無いだろう。


「即断即決で用意したというわけですか。そのフットワークの軽さは流石といえますね。もしかして、あの犬はここに派遣されている誰かの飼い犬だったりするんですか?」


「ええ、藤原さんの飼い犬です。名前はハヤテ君、3歳の男の子です」


「なるほど、藤原さんならこのダンジョンの安全性?をよく理解していますからね。ですが…良く協力してくれる気になりましたよね?多少なりとも不安は無かったのでしょうか」


「柴犬は昔から狩猟犬として優秀な犬種ですからね。それに今はああやってだらしない顔で遊んでいますが、結構厳しく躾けられています。それに何よりも…ご自身の大切な家族の寿命を延ばすことが出来るのかもしれない…そう考えているのかもしれませんね」


「寿命を延ばす…ですか?」


「格を上げると肉体が最盛期に近づくという話は知っていますよね。肉体が最盛期に近づくという事はつまり健康寿命が延びるということです。それに付随して、寿命も延びるのではないか…そういった話もあるのですよ」


 1日でも長くペットと一緒に暮らしたい。そう思う人はごまんといるだろう。もしその研究成果が実を結び、ペットの寿命が多少なりとも伸びることが判明すれば…それだけでもこの『ダンジョン』に訪れる理由になりうるだろう。


 ただ、本当の寿命が延びるかに関しては未だ不明であると先日受けた講習で言っていた。


『ダンジョン』が出現して20年がたつが、20年前に『ダンジョン』に入り『格』を上げたのは当時現役である20代から40代の人間である。つまり『格』を上げた人間の多くが未だ70代にも満たないという事だ。


 本来なら結果が出るのは後10年から20年はかかっていただろう。しかし俺の『ダンジョン』では動物ですら『格』を上げることが出来るほど『モンスター』が弱い。犬の寿命なら10数年だがネズミを持ち込み、ネズミにトノサマンバッタを倒させて『格』を上げさせればその結果は更に早い段階で判明するはずだ。


 その研究はどこでするのかと言う話になれば、間違いなく俺の『ダンジョン』に建設予定の研究施設になるだろう。そう考えると、服部さんがすぐにでも建設に取り掛かりたいとする気持ちも容易に想像することが出来るというものだ。


 そうこうしていると大きな虫かごに入れられた、トノサマンバッタをもった藤原さんが現れた。こいつをハヤテ君に倒させるつもりなのだろう。服部さんもハヤテ君の様子が気になるのか研究施設の説明を後回しにして、ハヤテ君の近くに行き様子を見ることになった。


 藤原さんの指示により、ハヤテ君がトノサマンバッタを噛み殺す。見た目には違いがないが、『モンスター』を倒したなら『スキル』を獲得しているはずだ。〈鑑定〉をハヤテ君に向けて発動する。




【 種 族 】 犬


【 名 前 】 ハヤテ


【 スキル 】 〈咬み付きLv1〉




「おっ!ハヤテ君、スキルを獲得していますよ!動物もちゃんと格を上げるとが出来ている!」


「そう言えば檀上さん〈鑑定〉のスキルを持っていたんでしたね。それにしても、仮定通り動物もスキルを獲得できるという事は……そうなるとやはり、この場所での研究施設の重要性が…」


 ひとしきり考え込んだ後、がばっと顔を上げる服部さん。


「さ!こんなところで油を売っていないで、すぐに建設予定地に向かいましょう!」


 いつの間にか彼女の脇に抱えられ、重さを感じるような素振りもなくそのままずんずんと『ダンジョン』の奥へと進んでいく。その力は、とてもではないがこんな細身の女性が出せるようなものではない。彼女もそれなりに『格』を上げた探索者であるということだろう。

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