第10話
「ダンジョンの観光地化計画ですか。非常に面白いと思います。是非、私どもにも協力させてください」
「観光地というのは少しばかり違う気もしますが…つまりダンジョンに入ることのできない若年層や老齢の方でもそれほど気負うことなく『格』を上げることのできるダンジョンとして広報すれば、多くの来場者が見込めると思ったんです」
俺とそんな会話をしているのは藤原さんから紹介されたダンジョン協会の服部さんというポニーテールが似合う20歳ぐらいの綺麗な女性の方だった。藤原さんにザックリとした説明をしたその日に連絡が来て、その翌日、つまり今日さっそく俺の家に訪ねて来た。そのフットワークの軽さと行動力の高さもダンジョン協会の強みの一つであるのだろうと感じた。
「つまりダンジョンのモンスターからドロップされる魔石やアイテムなどの金銭的な物が目的ではなく、あくまでもその前段階、スキルや多少なりとも格を上げることに重点の置いているダンジョンということですよね?」
「はい。ですから入場料を支払ってまでダンジョンに入るのはちょっと…って考えているアマチュア未満の層をメインターゲットに据えようと思います」
「それでは現金収入を得る手段が無くなるのでは?」
「ダンジョンの入場料を払うのをためらう人でも、交通手段は限られていますからね。このダンジョン近くには駅やバス停はありません。そうなると、おのずと移動手段は限られてきます」
「……なるほど、自家用車で来られた方から駐車料金を徴収するというわけですか」
「流石、ご名答です。幸い土地は有り余っていますからね。平地も広大というほどではありませんが、多少なりとも整備すればかなりの台数を駐車できるようになると思います」
その着想は、昔行った海からきていた。海で遊ぶのは基本的にはタダではあるが、自家用車で来れば海の近くに車を停めなければならない。海に近い場所の駐車料金は基本的には割高であるが、皆気にすることなくバンバン駐車する。メインの海がタダで遊べるのだから、駐車料金が多少割高になろうとも気にはならないのだろうと考えたのだ。
「そのための予算をダンジョン協会から貸してもらいたい、つまりはそう言うことですね。分かりました、担当の部署と掛け合ってみましょう。…それにしても、このダンジョンならもしかしたら…」
「何か思うところでもあるのですか?」
「現在、ダンジョンに入ることが出来るのは16歳以上と定められているのは、当然知っていますよね。藤原さん達の調査によると、少なくともこのダンジョンの入り口から半径十数キロにはトノサマンバッタ以外のモンスターは出現しないことが判明したそうです。つまりこのダンジョンに限っては、その年齢を下げてもいいんじゃないかってことです」
「なるほど、幼い子供を連れた家族連れのアマチュアも客層に取り込めるかもしれないということですか。自分の子供を早いうちから格を上げておけば、その後の人生において大きなアドバンテージになる、そう考える親御さんもいるかもしれませんね」
『格』を上げて上昇した身体能力は『ダンジョン』にいる状態と地表に出た状態とでは差が生じる。無論『ダンジョン』の中にいる状態が高く、地表に出た状態が低いわけだが、それでも『格』を上げていない人間とでは身体能力に明確な差が生じる。これもまた、『ダンジョン』内になる特殊な物理法則が働いているためだろうと言われている。
それでも肉体的な労働をする労働者に関しては、身体能力が上昇することで仕事の効率があがるとかで、従業員に積極的に『ダンジョン』に挑戦するように勧める経営者もいると聞いたことがあるぐらいだ。一見素晴らしいと尽くめだと思えるその『格』の上昇も、良いことがある反面悪いことも当然にある。
具体例を挙げるとすればスポーツ関連だろう。
『ダンジョン』が出現して5年ほどたった年だったか。全日本の陸上大会で、とある大学に所属する選手が、参加した競技のほとんどすべての日本記録を塗り替えるという珍事が発生した。おまけにその大学生は全くの無名、陸上経験も大学に入学しからというまさに異常ともいえる出来事だった。
当然なぜそのような選手がこれまで無名であったのか疑問に思い関係者が調査したところ、何とその学生が『ダンジョン』に潜り『格』を上げていたということが判明したのだ。
この選手が出した記録を認めて良いものなのかそうでないのか、かなりの議論が重ねられたという。そして結論が出ないまま年を越し、翌年も例年通り同大会が開かれる。そしてその年もまた、別の無名の選手が昨年打ちたてられた記録を更新してしまったのだ。
そうなってしまえば、これまで一生懸命努力してきた選手は何だったのかということになる。『ダンジョン』の外でいくら努力しようとも、『ダンジョン』に潜り『格』を上げた選手には全くかなわないのだから。
大会関係者は『ダンジョン』に潜った経験のある選手の出場を停止するべきだと判断したが、周囲に黙って『ダンジョン』潜り『格』を上げた選手までは判断を付けることは出来ない。1人1人『鑑定』するのにも時間も費用もかかりすぎてしまう。
そういった事もあり日本のみならず世界全体でそういった記録の出る競技が廃れつつあったのだ。野球やサッカーなどの身体能力だけでなく、技能が必要な競技は未だ観戦を楽しまれているが、いずれは他のスポーツのように廃れるのではないかと言われている。
世界が少しずつ、『ダンジョン』を中心とした世の中に変わっているというわけだ。そのビッグウェーブに早いうちから自分の子供を乗せたいと思う親はいくらでもいるだろう。そういった人々を呼び込むことが出来れば……俺の計画はきっと上手くいくはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます