第5話

 確か『モンスター』を倒せば未知のエネルギーを宿す『魔石』がドロップされるはずだ。しかし俺が先ほど踏み殺したトノサマンバッタがいた辺りに、そのようなものが落ちている気配はない。


 念のためもう5・6匹のトノサマンバッタを踏み殺した辺りでようやく1つ目の『魔石』を見つけることが出来た。ネットの情報だと、倒した『モンスター』からの『魔石』がドロップ率はほぼ100%だったと記憶しているが…トノサマンバッタが弱過ぎるから『魔石』のドロップ率が低いと考えることも出来るか。


 おまけにゴブリンからドロップされる『魔石』は1円玉ほどの大きさと聞いていたが、トノサマンバッタからドロップされる『魔石』はそれよりも小さい。つまり金額的にはそれよりも価値が低いというわけだ。


 とりあえず無心になって〈索敵〉を発動してはトノサマンバッタを探し出し、これを踏んづけて倒す。1時間ぐらいすればまぁまぁの数の『魔石』を拾い集めることが出来たが、金額にするとコンビニでアルバイトでもした方が体力的にも遥かに楽に稼げる気がする。


 そこでふと、『ダンジョン』で『モンスター』を倒せば生物としての『格』が上がり、記憶力やら身体能力が上昇するという話を思い出した。これほどの数の『モンスター』を倒したのだ、少しぐらいあがっていてもおかしくは無いだろうと期待を込めて体を動かしてみる。


 …が、目に見えるほどの変化は感じられなかった。所詮はトノサマンバッタということだ。1日中倒していれば何かしらの変化に気が付くかもしれないが、この『ダンジョン』が絶対に安全であるという保証もない。体力に余裕があるうちに家に帰って役所に電話することにしよう。






 帰宅し役所に連絡をした日の翌日。今日の午前中にそちらに専門の者を向かわせるので自宅に待機していて欲しいと言われたので、朝食を食べた後、庭で枯草を焼きながらしばらくの間悶々とした時間を過ごすことになった。いつもならすでに山に芝刈り…ではないが行っていたはずだ。


 そういった規則正しい生活を心がけていたためか、会社勤めのストレスによって少しばかりたるんでいたお腹も今ではスッキリとしているし、手足にも筋肉が付き始め以前よりも確実に健康体に近づいている。そんな事を考えていると、複数の車の走る音が聞こえて来た。


 自宅の周りにこれといった人が集まりそうな施設は無い。あるのは山と木ぐらいだ。つまりこの車の音の主は俺の家を目指している、役所が派遣してきた専門の者というわけだ。ようやく来たか、という気持ちもあるが、あんなしょぼい『ダンジョン』を紹介して怒られやしないかという一抹の不安もあった。






「初めまして。日本ダンジョン協会から来ました藤原といいます。貴方がダンジョンを発見したという連絡した檀上さんですか?」


「あ、どうも、初めまして。檀上は俺ですが…と、この物々しい空気はなんですか?」


 今俺の目の前にいるのは先ほど自己紹介のあった藤原さんを含む100名を優に超える人が来ていた。たくさんの車のエンジン音が聞こえて来ていたが、まさかこれほどの数が来るとは思ってもいなかった。


 おまけにこの藤原さんという人、ド素人である俺ですら感じることのできる、歴戦猛者のみが放つことのできる威風と言うものが感じられた。あくまでも俺の主観にしか過ぎないが。年齢は30代前半といった見た目だが、『格』を上げると肉体が全盛期に近づくと聞く。もしかしたらもっと上の年齢なのかもしれない。


〈鑑定〉を使ってみたいという欲に駆られるが、他者の『スキル』を盗み見る行為は人のスマホを覗き見る様な行為であると聞いたことがあるので自重する。


 彼を筆頭に、他の方々もいかにもデキル!という雰囲気を漂わせるまさに精鋭といった面々だ。こんな優秀そうな人たちに、俺が見つけた『ダンジョン』を紹介するのが申し訳なくなってくる。彼らの力を必要としている現場も他にもっとあったはずだと思うと、その気持ちはことさらに強くなる。


「未発見のダンジョンのですからね。準備は万全にしておかないと。隊員の命を守るにはこれぐらいの装備は当然だと思いますが?」


 断言できる。『トノサマンバッタ』に彼らを殺すことは出来ないと。こんな俺ですら何十匹と倒せたのだ。一応、昨日役所に連絡した時点で「ダンジョンの中はド素人の俺ですら危険を感じない」と伝えていたんだがな。その情報が上手く伝わっていなかったのかな?それは無いと思いたい。


「と、とりあえず俺が発見した『ダンジョン』の場所まで案内させてもらいます。口で説明するのは少しばかり難しい位置にありますから俺が車で先導しましょう」


「それは助かります」


 そう言って愛車である軽トラに乗り込み、県道に出て『ダンジョン』を見つけた位置まで彼らを案内することになった。俺が運転する軽トラは元々は曾祖父の愛車で、そろそろ買い替えようと思っていたかなりの年代物だ。


 そんなオンボロな軽トラの後ろに、何十台もの厳つい大型車がついて移動するというのはハタから見れば異常というほかないだろう。そんな事を思いながら運転することおよそ10分。県道から少し逸れた、『ダンジョン』近くの平地を目指す。舗装されてはいないがそれなりに広い土地があるからだ。そこに愛車を停め、車から降りて後続の車が到着するのを待つ。


「ここから少し歩いて山の方に入ります」


「わかりました。ですがここに車を停車させるのは、この山の所有者に許可を得た方がよろしいのではないでしょうか?」


「それなら問題ありません。ここを含む、この辺りの一帯の山の所有者は俺ですからね。土地は有り余っているので、どうぞお好きな場所に車を停めて下さい」


 俺も相続した山が1つや2つなら毎日のように管理に精を出すことは無かっただろう。そんな事を考えながら、隊員全員の準備が整うまで藤原さんと世間話をして時間を潰すことにした。

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