第6話

 山道を進むこと5分、俺が見つけた『ダンジョン』の前に藤原さん達を連れて来た。山肌に出現しているとはいえ、平地が全くないというわけでもない。彼らは『ダンジョン』の前で拠点を構える様で、俺の許可を得てテントなどの設営を始める。


「助かりました。まさか『ダンジョン』の目と鼻の先に拠点を構えることが出来るとは。場所によっては利権などが絡んでしまい、テントの設営ですらままならない場合もありますからね」


 世間話に花を咲かせたことで、藤原さんも俺に対して大分フランクに接してくれるようになった。聞けば『ダンジョン』の発見者と土地の所有者が異なる場合も頻繁にあり、その度に小さくないトラブルが発生しているのだそうだ。


 それも無理からぬ話だと納得も出来る。『ダンジョン』は未知の資源が豊富に眠る、いわば金の鉱山だ。その権利は誰もが欲しがるだろう。そのどちらかが国やら自治体ならある程度の融通を利かせることも出来るが、発見者と土地所有者がどちらとも別の個人であれば争うなと言われる方が土台無理な話であろう。


 その点今回の場合だと、発見者も土地の所有者も俺である。土地の境目に『ダンジョン』が発生したという事も無ければ、借地権や抵当権があるというわけでもない。藤原さん達からすればその時点で大分楽が出来たと、安堵した面持ちで話していた。


 俺が藤原さんと話している間も設営は着々と進んでいる。


「それでも、昔に比べれば大分楽にはなりましたけどね」


「昔、というと?」


「今から17・8年ほど前の事ですね。当時はまだ『ダンジョン』の黎明期。『モンスター』を殺すことに、異議を唱える人も多くいましたからね」


「そういえば…うっすらとですが俺も覚えています。テレビのニュースとかでも大きく取り上げられていましたからね。『ダンジョンにいるモンスターを殺すな!』と声高に叫んでいる市民団体を」


「ええ。ニュースではかなりやんわりとしか伝わっていないですが、勝手に『ダンジョン』のある土地に侵入して入り口にバリケードを設置したり、我々の運転する車の前に急に現れて走行を邪魔したり、酷いものだと危険物を投げられ怪我をした隊員もいましたね」


「でも、俺も子供ながらに疑問に思っていましたよ。どうして意思の疎通のできないモンスターには優しくできるのに、意思の疎通のできる兵隊さんたちには厳しいんだろうって」


「そう思って下さる方の方が多かったことが唯一の救いですね。『スタンピード』で亡くなられた方には申し訳ないですけど、あの事件が無ければ今も同じ妨害があったと思うと…正直な話やってられなかったと思います」


『スタンピード』某共和国で15年前に発生した、『ダンジョン』の中の『モンスター』が地表に出て来て人々を殺しまくったという事件だ。それまで存在すら確認されていなかった未発見の『ダンジョン』であったため、当然近くには『探索者』の様な『スキル』を持つものがおらず、その被害が拡大した原因の一つだと言われている。


 おまけに地表に出て来た『モンスター』は通常の個体よりも強く、当時はまだ震災による復興に予算をとられていたため某国の『ダンジョン』に関する研究はまったく進んでおらず、探索者の数も少なかったことからその事件により数千人規模の被害者が出たと言われている。


 その『スタンピード』の原因の一つとして考えられたのが『ダンジョン内でモンスター同士が殺し合い、格を上げた…つまり蟲毒の要領で強くなったモンスターが新たな獲物を求めて地表に出て来てしまった』というものだ。


 当時はまだ『ダンジョン』に関する研究が進んでおらず、根拠のない眉唾な話ではあったが状況証拠は十分であったし、否定しきるだけの材料も用意することが出来なかったのも事実だ。


 つまり『ダンジョン』に入り『モンスター』を間引いておかないと、似たような災害が日本でも発生する可能性がゼロではないということだ。そして、噂にしか過ぎないがそれを信じた人は数多くいたのだ。


 その結果を受けて、当の市民団体に対する風当たりが日増しに強くなったのは語るまでもないだろう。『仮にダンジョンを放置して日本でもスタンピードが起きた時、責任をとれるのか』そう言われてしまえば市民団体も口を閉ざすほかなかったというわけだ。


 ちなみにその市民団体が口を閉ざした原因の一つに、某国からの資金援助が無くなったためという噂も同時に流れていた。まぁ、その市民団体が消滅した今、その噂の真相を確かめる方法は皆無であるが。


 当時はどうして某国がそんなことを?と、思っていたが、『ダンジョン』に関する研究に関しては日本が他国よりも一歩も二歩も前にいた。それをおもしろく思わない某国の関係者が…と言った具合だろう。これもまた噂に過ぎなかったわけだが、こういった陰謀論が好きな老若男女を中心にあっという間に広がっていた。


 そういったわけで、精強な藤原さん達が迅速に動いた理由に『スタンピード』を警戒して、という思惑があったのだろうということにようやく考えが至った。それでも『トノサマンバッタ』がいくら強くなったとしても、藤原さん達を殺すことが出来るようになるとは到底思えないが。

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