第4話

『ダンジョン』には『モンスター』が生息している。『探索者』でなくとも、その程度の知識俺にすらある。


しかし見渡す限りの平原に噂に聞くような恐ろしい『モンスター』の姿は見られない。とは言え警戒しないというのは愚かなことだ。ここの気温に対してはかなりの厚着であるが、いざとなれば防具にもなる(願望)厚手のウェアを脱ぐという選択をとることは出来ない。結局、暑い思いをしてでも今の服装のままでいることにした。


額からにじみ出た汗が目の中に入りそうになる。この汗は暑さだけではなく、緊張によるものもあるだろう。そんな事を考えながら、掌からにじみ出た汗でクマよけのスプレーが滑り落ちてしまわないかと不安を抱きながら慎重に平原を進む。


………が、一向に『モンスター』と思しき存在と出会う気配はない。もしかしたら遠くに見える林にまで行けば何か分かるのかもしれないが…もしくはここは『ダンジョン』ではないのか。こんな山も谷も危険もない探索では、そんな疑問を抱いてしまうのも仕方のない事だろう。


2・30分ほど進み続け、何もなかったことに対する安堵と、新しい『ダンジョン』の発見という栄誉を獲得できなかったことに対する残念な気持ちが入り混じる。では、ここは一体何なのか、新しい疑念を抱くがこれ以上1人で進むのは流石に不味いだろうと思い、入口のあった場所まで引き返すことにする。と、そこで僅かな違和感を感じた。


何かを踏んだような気がしてふと足元を見ると、大きな昆虫の下半身を踏んでいたのだ。体長15センチほどの大きなトノサマバッタだ。バッタとすれば間違いなく大きいが、『ダンジョン』に出現するという恐ろしい『モンスター』だとすれば、『モンスター』という名前負けの様な気もする。


そんな事を考えていると、そのトノサマバッタが光の粒子となって消滅した。これは…ネットで見た『ダンジョン』の『モンスター』を倒すと起こる現象だ。やはりここは『ダンジョン』であったのだ。


意図せず『モンスター』を倒したわけだが、あまりにもあっけなかったのでこれといった感動も無い。とはいえ『モンスター』を倒せば『スキル』を獲得できているはずだ。


自身の『スキル』を確認する方法は確か…自分の心の中に出来るだけ真っ白な紙を用意して、そこに自分の心を映し出すように意識する…だったか。すると…俺の目の前に半透明のウインドウの様な物が表示され、そこに俺の望む文字が記されていた。




【 種 族 】  人間


【 名 前 】  壇上 歩


【 スキル 】 〈剣術Lv.1〉 〈鑑定Lv.1〉 〈索敵Lv1〉




『スキル』が表示された。あまりにもあっけなく『モンスター』を倒せたことで、わずかながらに残っていた疑念が確信に変わる。しかし、『ダンジョン』が出現した当初は訓練を積んだ自衛官や警察官が何人も犠牲になったと聞く。こんなに簡単に『スキル』を獲得していいのかという、罪悪感にすら似た感情があった。


…っと、こんな落ち着いて考えるのは流石に危険かもしれない。なにせここは『ダンジョン』なのだから。さっきのトノサマバッタよりも遥かに強い『モンスター』がいないとも限らない。そこで思いついたのが先ほど確認した『スキル』の中にあった〈索敵〉だ。これを使えば周囲の安全を確認することが出来るだろう。


早速〈索敵〉を発動する。発動方法はその『スキル』を意識するだけで良いはずだったが…見える!私にも敵が見える!俺の周囲5メートル以内に『モンスター』の反応多数!これは…囲まれている!ヤバイ!いつの間にか大量の『モンスター』に包囲されていたのか!…と、驚いてはみたものの、その『モンスター』を視認することは出来ない。


近づいて反応のあった場所をよく見てみると…いた。先ほど俺が踏み殺したトノサマバッタと同じ『モンスター』だ。念のため他に反応のあった場所を確認するが、やはりどいつもこいつもトノサマバッタだった。


そういやこいつ、本当にトノサマバッタなのか?と、疑問に思ったがよく考えれば俺には〈鑑定〉のスキルもあったのだった。これも使用してみる。




【 種 族 】  トノサマンバッタ


【 名 前 】  なし


【 スキル 】  なし




トノサマバッタではなく『トノサマンバッタ』であったか。一字違いではあるが、前者は昆虫であり、後者は立派?な『モンスター』である。


とりあえず、新しい『ダンジョン』を発見したという栄誉を手に入れることが出来るかもしれないという下卑な考えが浮かぶ一方、こんな『ダンジョン』を報告することが栄誉になるのか?という疑問も浮かんでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る